随想 伊路波村から~みんな自分

あなたが私だということにきづくのに
どんなに長い年月が必要とされたことでしょう。

そしてわかったと思ったはずなのに まさか
そんなはずはないと やっぱり思ってしまう自分に
幾度も会うのです。

そして今度のいのちが 役目を終えるときには
もうほんとにわかりましたと 全ての方が心底感じて
さようならをするのでしょうか。

今年のたくさんの いのちの終わりのお知らせが
届くたび 明日はわが身と思うこともあるのだけれど
まだ 終わる 終えるわけにはいかない 個性の
意地のような かわいさも感じるのです。

人の罪も もちろん我が罪も すべて私の責任のもとに
現われた現象と いのちの底から思えたとき
もうそこに 光の世界が待っているのでしょうか。

今生でお会いできた全ての人々に感謝して
勢ぞろいのときを迎えた感がします。

子の年の紀元節の日 大きな虹が
とぎれとぎれに見えて あまりの幸せに
そして感謝に 今回の意味を知りました。

今日もありがとう。

あなた様という 自分に会えました。

随想 伊路波村から~いただきます

「いただきます」
86歳になる父が 食事が終了してから
そう言った。

思わず 吹きそうになる。(笑)

毎食後に飲ませていただく
自分用のお薬を 曜日別 食事後別のケースから
取り出して 目の前に並べてから 思わず
口に出てきた言葉が「いただきます」。

老夫婦が その日に行った 税の確定申告で
あわせて申請した 一年間に要した医療費は
45万円を少し切った額。
自己負担30%として 医療費全額は150万円
になる。

一人にすると75万円。
これだけの医療費が 必要になる老人という世代。

この国の 皆さんに助けられて生かされていると
思うと 戻るはずがないと言われる 厚生年金も
ぐるりと廻っている感じで 助け合いと思わせていただく。

いい老人とは 「いつもニコニコしている老人」とか。

うちの老人は まるで 宇宙人だ。(笑)

随想 伊路波村から~見ていない

何気なくすれ違う人の顔など、
おそらく誰も覚えていないのだろう。

でもその時はなんとなく気になって確かに見ているはずなのに。

宿泊したかんぽの宿で、朝早くに
一階のお風呂に行った。

ノレンをくぐりスリッパを脱ごうとして、
なにげなく右側を見ると,お風呂から出てきた
人がいた。乱視に遠視なのではっきりしないが、
ハットした。もしかして女のひと。?!

知らん顔して、結構急いで(笑)入り口に逆戻り。
ノレンを振り返り見れば、赤。

朝は男女入れ替わります、という案内がお風呂に
あったねえ、昨夜。(爆)

結構世の中を見ずに歩いている事って多い。
何かの思いにふけったり、完全に思い込みの中で
行動していると、赤が見えないのだ。

以前、日帰り入浴の温泉に出かけて、
お風呂からあがると、息子のパンツと自動車のキーがなくなっていた。

すぐにキーはみつかったけれど、パンツは見つからなかった。

ちょっととぼけたおじいちゃんは、おばあちゃんと
旅したホテルの浴場で他人のパンツと浴衣を着て、
その持ち主に返してくれと言われたとか。(笑)
あたりまえでしょう。

自分がどこへ脱いだのかわからなくなってしまったようだ。
とぼけた風呂騒動の親子三代話。(笑)

それでも見る気でみた夜の星。
もう明け方に近い頃に輝く北斗七星。
明るい名古屋の夜では星はもう見えない。
星を見れた恵那の夜。

そのことは忘れない。

随想 伊路波村から~家族

会合へ出向く用事があって、
夕方タクシーに乗った。

運転手さんが関西弁なので、
「関西のかたですね。」と
話しかけた。

それからの10分間、この運転手さんは
まくしたてるわけでもなく、淡々と話してくださった。

「大震災にあったんですよ・・・。
会社勤めだったんですが。
家がペシャンコで・・・・。

何にもなくなって、てっとり早くお金を
稼ぐ方法といったら、タクシーが一番で、
それで名古屋に一家で出てきたんです。

もうすぐ娘が結婚するんです。
娘には苦労ばっかりかけて・・・。
でもいい子になってくれて。

この前、あんまりいい目させてあげられなくて
ごめんな、って言ったら、
(地震で大変だったけど、家族みんなで
いられる時間が増えてよかったよ。)
って言われました。

嬉しかったです。」

短い出逢いの運転手さんに

こんなにたくさん素敵なお話聞かせていただきました。

随想 伊路波村から~ほんとうは無料

水 空気 エネルギー


生かされることに 基本的に必要なものは
みな ほんとは無料。


キレイな水 きれいな空気 を得ようとすると有料。


エネルギーたるや インフラをがっちり握った人々が
50
年を超えて 供給してきた。


そして今 情報の世界では そのインフラを握った人々の
線や無線の供給で 通信費は莫大な額となった。


しかしこの通信費なるものも テレパシー能力が
人間に開花すれば 無料となる。(笑)


そして人間の目指す方向がかわれば なおそのことは加速する。
太陽や 空気や海や 供給してくださる自然から
エネルギーをいただければ これは無料。


もともと支配が生み出した現実は
消えてゆく姿だろうか。


土地持ちの家庭に生まれた人は
生まれたてから 生きる条件が整っている。


何も持たない家に生まれた人は
土地や家をもつことだけに人生の大半をかける。


持たなくても 維持することだけにと言ってもいいかもしれない。
働き続ける宿命を背負う。


そしてなるべく他人との関わりの少ない人生を選択する。
消耗を防ぐため。?


人間は一人では生きられない。
寄り添って 群れあって生きる動物だ。
そして人との接触によって 変化を生み出し
創造と実践の喜びを知る。


変化と感動は 生きる糧。


慈悲喜捨は生きるエネルギー。


そして 感謝はすべて。

随想 伊路波村から~いらないものを捨てていくと

あれはこうして
これはこうして
こんな時はこの方法で


あそこが悪かったら ここで治すことを教えて
これがおいしいし 健康にいいし
からだにいい洗剤とか 悪い洗剤とか
よい化粧品とか 悪い化粧品とか


玄米とか 肉食とか
養殖とか 天然とか


農薬とか無農薬とか
西洋医学とか東洋医学とか
スピリチュアルとかフィジカルとか


とにかく全部 ほかして
目の前のことを いつも喜んで やって


水と空気とすこしの食べ物と
雨の降らない家と
寒くない服とが あって


助け合う家族と
挨拶しあう 会社仲間と


なるべく高く買ってくださる お客様と(笑)
黙っていても一緒にいたい友達が少しいれば


そんなふうな人生が いいです。

随想 伊路波村から~悲しみのアンブレラ

ジンときました・・・・。
悲しみのアンブレラ 


雨が降り続いてる うだるような暑さも


あやふやのまま終わりにした 君と僕に似てるよ


生乾きで着た服は 湿っぽくて嫌だな


穏やかな顔して飲み込んだ 想いが今頃 溶け出した


雨音の中に潜んだ 君を辿る


今更 遅いけど


アジサイの花のように 雨の中にいても


綺麗な夢を咲かせられる 僕で在りたかったのになぁ


雨粒に紛れて 涙がこぼれ堕ちる


いつか君に 会えるといいな また


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


この雨が止む頃に 僕の中の雨も


晴れ上がると信じて


水たまりを見つめてた 淋しさを映して


本当のことが言えたなら いつまでも君といたかった


雨雲が僕を包んで 夢を降らす


滴の中の君を求めていく


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


傘の柄の君の名を 指でなぞりながら


潤む声で叫んだ


美しい空に架かる 虹が見える 幻じゃなく


でも 僕の心は 切なさで 濁ったまま


歩き出せずに 雨の中 悶えているよ


悲しみのアンブレラ 傘越しに見える空


悲しみのアンブレラ 涙のせていくよ


この雨が止む頃に 僕の中の雨も 晴れ上がって


君に また会えると 信じて

随想 伊路波村から~思い出はじめ~

自分の人生を幼少期から現在まで書き留めさせて
いただいた「ある道のり」でした。

最も近い家族、仕事を通じた体験。
そして自分という性向をもちながら、
人生がどのように展開していったのかを
書かせていただいて、はやくもなつかしい思い出と
なりました。

東京の友人からメールがありました。

「別な角度から見た、もうひとつの人生を
書かれたら」 との示唆でした。

自分から見た人生が「ある道のり」でした。

たしかに、身近な出来事を自分はどのように
判断し行動したのか。
さらに自分の心に正直にまっすぐ進んだ結果、
今どこに至ったのか。

今が一番幸せと言えます。

人生の数々の体験や、魂を震わすお出会いに
頭を垂れてひれ伏したく存じています。

お人とのご縁。
そこから生じる体験。
そしてふと行動した結果の出来事。

そのことを書き留めさせていただいて
その言葉によって、もう一つの別な角度から
見た人生を自分も感じてみたい。
そのように肩を押された感があります。

第二部は「随想 伊路波村から」です。

2004年10月26日から書き留めた「つぶやき」「ふしぎ」「なんでも」
の三つのジャンルから抜粋させていただきます。

おつきあいに感謝申し上げます。

第一回 「縁 親鸞天の巻地の巻 吉川英治 著」 20041026

人の縁ほど不可思議なものはありません。
この世に生を受けて五十六年。

出逢った人、別れた人。
たくさんの人に影響を受けて生を活かせて頂きました。
そして現在の己があります。
言いかえれば、今の自分はすべて他人の固まりのようなもの。
初めての出逢いからどのように関わりが拡がるかは
すべて自分次第でしょうか。

初めてこの世でお逢いする方にハガキを書き始めて11年位になります。
それは、ある小節の一説との出逢いがきっかけでした。
故 吉川英治氏著「親鸞 天の巻、地の巻」。
ぼろぼろになった本でした。
聞けば、妻の祖父母が愛読した本とか。
何気なく読み続けているうち、ある一章節に《慟哭》を
余儀なくされました。
「ああ、この感動を初めてお逢いした方々にお伝えしたい」
その一心でお葉書を書かせて頂いています。

御本の一節の文章は、若き日の親鸞(幼名を範宴)が
法隆寺での修行を終えての帰途、伴の者と吉野川の
橋のたもとにさしかかった時の様子から始まります。。

橋を見れば若い女性がまさに今、川に飛び込みそう。
伴の者に指示し女性を押しとどめます。
そして何故にと問います。

女性は「自分の主人が毎日のように女郎屋へ出かけます。
もう悲しくて死んでしまいたい。」と嘆くのです。

家に行って、ご主人に理由を聴こうではないかと、
三人は女性の家に行きます。

戻ってきたご主人に女郎屋に毎日のように出かける
理由を聴きます。

ご主人は答えます。

「小さい頃に別れた妹が今女郎屋にいるのです。
自分が行くことで少しでもお客を取らずにすむのならと
出かけていくのです。」

奥さんは泣いて納得します。

親鸞は何事もよく話し合うことが大切と、二人に
諭します。

親鸞たちを見送りに若夫婦は再び吉野川の橋の
たもとに差し掛かります。

その時に親鸞が語った言葉です。

別れ際に範宴は、悠久と流れている大河の姿を
指さして、若い男女に言った。

「・・・・天地の創造された初めから、水は、天地の終わるまで、
無窮の相(すがた)をもって流れています。

われわれ人間とてもその通り。
人類生じて以来何万年、またこの後人類が終わるまで
何億万年かわからぬ。

その無窮にして無限の時の流れから見ると、
人の一生などは、電光(いなずま)のような瞬間です。

その瞬間に、かうして、同じ時代に生まれ合ったと
いふだけでも実に奇しき縁(えにし)と申さねばならぬ。

いはんや、同じ国土に生まれ、同じ日の下(もと)に
知る辺(しるべ)となり、友となり、親となり、子となり、又
夫婦となるといふ事は、よくよく深い宿命です。・・・・

だのに、そのまたと去っては会い難い機縁の者どうしが、
憎み合い、呪いあい、罵り合う(ののしりあう)などといふ
ことは、余りにも口惜しいことではないか。・・・・・

見るがよい、こう話している間も、水は無窮に流れて、
流れた水は、再びこの宇治の山河に会いはしない。・・・・」

生き方を大きく変化させてくれた一冊の本。

生涯を終えるまでに、あと幾人の方にお逢いできるのでしょうか。

人間の一生は、まばたきの一瞬のようなもの。
だからこそ、逢う人も又逢う人も大切な方です。

出逢いは偶然ではない。
ましてや、共に暮す家族。
共に働く同志。
そして楽しく語らう友人。
仕事を通じての人々。
同じ地域に暮らす方達。
全てがとてもご縁の深い存在です。
己の人生で最高に感動を与えられた本を
紹介させていただきます。