第一番以来の感動でした。
つながっている
なんだか気になる人とか、
なんだか仲いい人とか、
なんだか感じいい人とか、
きっと先世でかなり深かったんだと思う。
そうでなくてもすこしだけあった人とか、
路できづかず行きかう人とかも、
やっぱりそんなことかも知れない。
半年以上お世話になっている娘のリハビリの先生に
「松山に行ってきたんですよ。」って言うと、
「私松山の隣町の出身ですよ。」ってかえってくる。
きのうもよく会社に訪ねてくださる友人が、
「あのありがとう看板の会社の人ね、
うちの娘の会社にコンサルの依頼にみえたみたいだよ。」だって。
どこかであとで繋がってくる。
ご町内の人たち、会社で一緒に働く同志の人たち、
もちろん家族、そして親戚、友人、どんなに深い縁なんだろうか。
みんなこのややこしそうな時代をともに
支えあって生きていく時代の連れ添い人なんだ。
できるだけ大切にしたいと、そう思う。
社員さん旅立つ
連休明けの7日、社員さんのお父さんから
電話があった。
「あの・・・Tが4日の朝急に亡くなりまして、
6日に密葬を済ませました。」
あまりのことに絶句。
「もうお医者さんもびっくりするくらいだったんです。」
80歳を超えてみえるだろうお父さんが、
気丈に話す。
「何にもできなくて、ほんとにすみません・・・。
お父さんお母さんもだいじになすってください・・・。」
電話口のむこうで嗚咽が漏れた。
1ヶ月を過ぎる入院。
だけれどまさかこんなにはかなく逝ってしまわれるなんて。
ほんとに一体どうなっているんだろう。
彼は独身、56歳に今年の11月になるところだった。
楽しいことも少なかっただろうに。
15年間病弱で定期的に幾度か入退院を
繰り返していたけれど、とてもまじめで、
毎月のお給料日の日報には必ず、
「厳しい時代ですが、今月もお給料をいただけました。
ありがとうございます。」と必ず書いてみえた。
特殊な性格の故か、社員さんにあんまり好かれて
いたわけではないけれど、黙々と偽りなく、効率的に
働く人でした。
あなた様によって多くの人が学びをいただきました。
私は社員さんが現役で亡くなるという経験を持ちました。
大きな体験です。
どうぞもうしっかりしなくていいですよ。
ゆっくりお休みください。
そんな風にお伝えします。
なくなる少し前に撮らせていただいた
ケイタイの写真。
すこしでも、よくなりますように、元気にまた
仕事に出てこられますように、
お祈りに持って行こうと思った写真が、
胸のポケットにまだあったのです。
気づき
「若くして千日回峰行をした方が
仙台にみえて、その方と一時間半ほど
お話できました。」と、なんだか感激した友人からの電話。
なにか参考の本があるとおっしゃるので、
送ってくださいと頼んだら、すぐに届いた。
塩沼さんというその方と板橋禅師さんとの対話本。
自分としてはめずらしくすぐに本を開く。
そして一気に7割ほどを読み終えて、翌日
すべてを読ませていただいた。
19歳の若さで、すべての方がそうであるように
導かれる人生へと船出していった若者の
目指す先は修験道の極致である千日回峰行と
四無行(寝ない、食べない、伏せない、飲まない)。
高野山、金峯寺での行生活が待っていた。
精妙なこころ
すきまだらけのこの現象世界で、
こころは精妙すぎてぶつかることはない。
けれど、あるはずもない他のこころとは
ぶつかるのだ。
おかしい・・・・。(笑)
ビックリのお出会い
もし偶然がないとしたら、
天か神様かはいったい何を
ご用意くださったのだろう。
4月2日、月曜日に名古屋駅裏にある
ラーメン木村さんをお訪ねした。
この日は月曜日だから、自身にとって毎週の
一日断食の日。だから朝食、昼食抜きなのだけれど、
なんだか木村さんのラーメンがむしょうに食べたくなったのだ。
名古屋駅前郵便局で予定以上に時間を必要とした
用事を済ませた午後2時すぎ、そこから車で1分の
距離にある木村やさんの前を通過する。
直前7-8人の男女がお店に入っていった。
変な時間に、変な団体・・・・。
近くの100円駐車場に車を止め、
木村やさんのお店に急ぐ。
おなかがすいた・・・。
お店に入ると一斉にみんながこちらを
向いた。
なんとイワキさんとくにちゃんとその知り合いの
さきほどの団体さんたちだ。!
イワキさんはすこしの間、木村さんを手伝っていると
言った。ひさしぶりのイワキさん。
以前より元気そうにみえる。
カウンターに座っていたイワキさんに
ご挨拶後、くにちゃんとお話。
なんとあのキヨシマさんまでみえるのだ。
ふしぎな組み合わせ。
くにちゃんたちは前日の1日にウイル愛知であった
「熊森講演会」に参加したあとのその日、
西区の則武あたりに熊森とハーブーティー関係の
事務所を開くために引越しをしているようなのだった。
「ここの前に入ろうと思ったお店がお休みで、
あそこのやまちゃんに行こうとおもったのだけど、
なんだかこのラーメンやさんが気になって
入ったんです。」
実は木村さんはくにちゃんを「冠之会」で
知っていたのだ。
新しくお店を3倍くらいに拡張した木村さん。
5月20日にはここで門出を祝う「プライナスライブ」も決まった。
なんだか落語もあるようだ。
午後2時30分、こんな時間のラーメンやさんでの
出逢いの不思議さにみんなで舌を巻いてしまった。
「これから先、たくさんの新しいおであいが
ありますよ。」って聞いていた。
真理にいたる新たなる道と人さま。
そして多くの新しいご縁。
一年におよぶ禁足の期間を抜けて、用意されている
学びとは何なのか。
春の訪れとともに、心の春もやってこようと
しているのかも知れない。
春が来た
なんだか暖かな冬があって、
急にらしい冬になって、
いつものようにもうすぐ暖かな春が
来ると感じる、ポワーンとした今日です。
いろんな意味で春が来ました。
家に始めて介護の女性お二人が打ち合わせに
訪れた日、たまたま「やさいのうた」のCDを
もらっていただいたら、「この歌、スーパーできいたことある。!」
とお一人の女性がおっしゃたのです。
「今からライブ聴きましょう。!」と言いますと、「エーッ?」
「今日はマミちゃんではないですが・・・。
キャプテンがうたいます。
たまたま一人で一曲だけのライブです。」
ヒロくんがイスを出して準備する。
しのちゃんのためのライブだ。
ギターの音がやさしく始まる。
「私は私で私らしく・・・」
なんだか安倍首相の答弁、私ラッシュのようだけど。
ギターのトレモロだけでもうヒロくんの想いが伝わってくる。
愚僧
毎月の「短観」は常識と非常識のスレスレの
感想だけれど、世の中はほとんど驚くような
できごとで埋め尽くされているかのようです。
いよいよ中国発の経済のほころびが
目立ってきて、持たない人には関係ないけれど、
お金に命懸けの方達には驚天動地なできごとが
頻発するかもしれません。
世の中の事は、一寸先もわからない。
わかっているのは今だけとは
よく言ったものです。
親鸞聖人が親不知から舟に乗って、
着いた、新潟県高田市の海辺は
遠い遠い日の、自称愚僧親鸞さんの歩く姿に
思いをいたさせました。
今年は聖人島流しの記念の年とか。
友人のお手紙が、
高田の大雪の日を思い出させました。
インド霊鷲山(りょうじゅせん)の頂上での
その友人のお坊さんの詠む歌に、みんな涙した日、
瞑想のまぶたに浮かぶ現実の太陽が、
まだまだの自分を勇気づけているかのようでした。
高田の思い出からは、32年が過ぎ、
インドからは10年が過ぎました。
陽明学の中江藤樹、大塩平八郎、河井継之介らに
深い共感を覚えながらも、あまりに小さい己の姿に
トボトボと歩くだけの人生。
それでも生かせていただいている。
こんなんでも・・・・・。