2月22日の午後2時20分くらいに
(できすぎですが)
国道23号(名四国道)を東に向かっていました。
(22号でなくて よかったです・・・笑)
と 左側車線の隅で 一台の車があお向け
(カメがひっくり返ったような様子)
もう一台は 大破もしていない様子。
運転手さんはケイタイ中でした。
大事故のようなのに けが人はないみたい。
あれーーー大変と思いながら 20秒ほど
進むと 今度は追突直後らしい2台の車が。
なんてことでしょうか。
こんなに短い時間に 二組も事故だなんて。
それを 目撃するなんて。
そういえば どこかから 2時-3時に
物凄い光が降りて 人類は4/1と3/4に
振り分けされるとかいうメッセージが届いていました。
これかなあ なんて思いながら ずっと眠い状態。
24日の今日 そのメッセージの方のホームを
見てみますと 思わず微笑んでしまいました。
24日の 日が沈むまでに いままでの欲望や
執着をすてないと もう時間がありませんと
書いてありました。
奥さんを呼んで 「ねえ こういうことだって。」
と話すと 家内は 「それこそ執着じゃないでしょうか・・・。」
「アハッ!」
一本とられました。
かみさんは 神さんです。(笑)
信じること
人様をとことん信じて 信じていることさえ
忘れることって 自分をとことん信じて
信じることをさえ 忘れていることと
同じでしょうか。
人様がきいたら お人よしで
どこまで アホ!といわれそうな アホです。(笑)
でも もしかしたら 御先祖さまだけは
「ほんとうに ようやった」と 言ってくださるかも
知れません。
そう いのちが消える時には
みんなわかることでしょう。
今日も ことがらに ありがとうと 言います。
子年になって激しい日々が続きます
毎日が劇的で 映画を見ているようです。
こんなに 激しい場面が 続きますと
ワクワクします。
嬉しい お話 ドキッとすること。
あまりに 悲しいできごと。
それらが 身の回りに 次々におきるのです。
そして世の中の 難題は少しずつ浮き彫りになり
新しい胎動ともいえる動きもでてまいりました。
動くべき人々が 登場し 忙しそうですね。
できることを 少しずつ歩みたいと願います。
万に一つも
キンコーズに行って
カラーコピーをする。
毎月の御天画のことです。
一枚試し刷りをして・・・
それからあと14枚。
今日はあと一枚やこうかな・・。
というわけで16枚。
そしていつものようにサンコムに行ってコピー。
いつもは15部だけれど 今日は16部と決めて開始。
だんだんコピー用紙が心細くなる。
もしかして と思ったら25ページが16部で
ちょうど400枚で・・コピー用紙がきっちりなくなって
終了。 ぞっとした。
こんなこと 万に一つもないでしょう。
何を伝えてくださったのか。
いよいよ ヤマトの国再生と世界維新の始まりのようです。
おのおのがた お覚悟!。(笑)
素直は変化の母
ほんとにあったことを そのまま話すお人の言葉は
美しく 他の人の心をうつ。
そして 素直に他の人の言葉を受け入れ
実行に移すと 新しい縁が生まれ 人生が変化する。
素直は 変化の母。
その逆は 人生の停滞 でしょうか。
やってみてから 考えたらいいのかもしれません。
私のお気に入り
私のお気に入りホームは六ケ。
其のうちのひとつは 前立腺の友の
購入ページ。
おじいちゃん(おとうさん)の前立腺のお友達を
購入するページです。(笑)
夜中に3回 トイレにたっていたのが
一回だけになったのが それだけで
幸せなので ホームをリンクしています。
なにが 欲しいのかもわからず
何を知りたいのかもわからない。
ただ今日の一日が そばにいる人が
輝いている事を 確認しては
喜んでいるのです。
そんな毎日です。
だから ほんとにありがとうという電話や
今日の電話のように 40年間も 今じゃない世界に
みえた方が いきなり 病によって今に
戻ってみえたことを 聴きますと 人生が
こんなに輝いている事を 確認させていただくのです。
たくさんの時間をかけて 生まれてきた場所から
学んで できごとから いっぱい教えていただいて
今も 生きています。
ありがとう・・・・・。
もし・・・
もし自分の娘だったら
どうするのだろうか。
沖縄でのお話。
もし韓国での出来事だったら
とっくにアメリカ大使館は焼け落ちている事だろう。
難題がいっぱいの ヤマト。
南大門の比ではない。(笑)
もし植林がなかったら
どうだろう 海はオゾンでいっぱい。?
山の川に氾濫はナシ。
私たちの 洗剤が 私たちの便利が
海を汚し 私達の頭の上から 酸性雨になって
教えてくださる。
たくさんの快適が 地球の悲鳴を聞くことができないように
しています。 やめられない・・・。
空気 水 動物達や気象の異常。
望んだとうりの世の中がきているのだけれど。
驚いては なんていう世の中だろうとつぶやく。
大地は次々に強くなった 農薬さんに
弱められてしまった。
食べ物は 薬品に同じ。
もたせることは 薬のような食べ物を
もたせることに同じ。
空気は汚れ 鳥は狂い 人間をも
狂わせる。
もう止めるときが 近づいたのだろうか。
闘わず 無償のすべてを 受ける人類。
それだけの準備が 整いつつある。
生きていてよかったと 思えるとき。
あなたも わたしも 縁ある人も。
みんな今 生かされて あるだけで
それだけで 感謝するときが来ている。
今日も。
みんな私
あなたが私だということにきづくのに
どんなに長い年月が必要とされたことでしょう。
そしてわかったと思ったはずなのに まさか
そんなはずはないと やっぱり思ってしまう自分に
幾度も会うのです。
そして今度のいのちが 役目を終えるときには
もうほんとにわかりましたと 全ての方が心底感じて
さようならをするのでしょうか。
今年のたくさんの いのちの終わりのお知らせが
届くたび 明日はわが身と思うこともあるのだけれど
まだ 終わる 終えるわけにはいかない 個性の
意地のような かわいさも感じるのです。
人の罪も もちろん我が罪も すべて私の責任のもとに
現われた現象と いのちの底から思えたとき
もうそこに 光の世界が待っているのでしょうか。
今生でお会いできた全ての人々に感謝して
勢ぞろいのときを迎えた感がします。
子の年の紀元節の日 大きな虹が
とぎれとぎれに見えて あまりの幸せに
そして感謝に 今回の意味を知りました。
今日もありがとう。
あなた様という 自分に会えました。