奇跡のコースの三冊の本は自主学習の本です。
そのどの本から読み始めることも自由です。
また異なる本に途中で注目することも自由です。
後ろから読んでも、初めからでも、中からでも
なんでも自由です。
もともと言葉には限界があります。
“再録 奇跡の道 その127~ あとがき” の続きを読む

再生大和 霞の中にて活動する
奇跡のコースの三冊の本は自主学習の本です。
そのどの本から読み始めることも自由です。
また異なる本に途中で注目することも自由です。
後ろから読んでも、初めからでも、中からでも
なんでも自由です。
もともと言葉には限界があります。
“再録 奇跡の道 その127~ あとがき” の続きを読む
ひとたびこの旅が始まればその終わりは確実だと
言われています。
助けを必要としている者はみな、自分自身を
攻撃しています。
他者のために祈る必要がなぜあるのでしょうか。
それはあなたが自分の罪悪感(分離感)の投影を
兄弟から取り去るため、および、自分を傷つけているのは
彼ではないということを認識できるようになるための
手段にすぎませんね。
“再録 奇跡の道 その131~聖霊” の続きを読む

「奇跡は何もしない。するのは取り消すことだけ。」
赦しは取り消し。?
想念の動きでもない。?
もともとないものを取り消すだけ。?
そうですね。
現れたものをあると思うことを、存在したことのないものと
ただ思うだけのこと。
自分が覚えているものは、一度も存在したことがないですね。
そのようにして奇跡は、永遠に現存する原因を
自分に思い出させるようです。
“再録 奇跡の道 その92~奇跡は何もしない。するのは・・” の続きを読む

「夢を見ることの終わりは恐れの終わりであり、
愛は一度も夢の世界の中に存在したことはない」
この奇跡の道への投稿が93回にもなることに
自分でも驚いています。
ただ書かねばという力が書かせている感じです。
「奇跡」についての自己学習の御本からの言葉を
自分の夢の世界に照らして言葉が溢れます。
書かせていただいている内容はあまりに単純で、
このように単純なことをいかにもクドクドと(笑)
綴ることに何か不思議な感があります。
分離(自我)か 一つ(融合)か
そして
この世界は夢(幻想)か 実相かだけですから。
“再録 奇跡の道 その93~夢を見ることの終わりは恐れの終わり・・・” の続きを読む

「苦痛の原因は肉体ではなく分離であり、
肉体は分離の結果に他ならない」
ですから兄弟の心とひとつに結び付くことが、
病気の原因および知覚される結果を防ぐことになるようです。
分離から融合ですね。
癒しはつながり合う心たちがもたらす結果で、
病気は分離する心たちから生まれるようです。
“再録 奇跡の道 その94~苦痛の原因は肉体ではなく分離・・” の続きを読む