お盆を過ぎて

お盆での恒例の集いとなってもう12年くらいが
過ぎています。
オーナーのKさんの広い大きな心を感じます。
木曽駒高原カルパの集いです。
カルパの朝
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カルパとは「万事如意」の意。
光の家で光の食事をする。
まさに設計者の意図というか、啓示どおりの光景が
広がっています。
参加二回目の天才学生20歳のDさん。
「天国にいる。」
また初参加のIさん。
「ずっとこの4年来たかったんですが・・・」
の言葉にオーナーのKさん。
「来たくなかったんだわ。」(笑)
さすがに「万事如意」の建物はエネルギーに満ちます。
いつもは寡黙な聞き役ヤマギシのGさん。
「ここにくると頭が・・・・」と膨張するジェスチャーのとおり、
めずらしくとても饒舌になります。
万事如意。
人間は意の如くになる。
そう聞きますと、「思ったとおりにならんで人生だがね。」
と反論が出ます。
思ったとおりにならんと、思っているからそのとおりになるようです。(笑)
今朝は伊路波いちばにお客様のメール。
「ピッコロ~そばに置いているときは効果感じなかったのですが、先日のミーティングで患部に直接と教わったので、数週間咳きが続き、咳き込む旦那の胸に当てるとピタッっと治まり旦那もびっくりしてました!咳き込む寝入りの際も背骨(咳のつぼ)に当てると、すぅーっと寝ていました♪スゴすぎます!まあ離してしばらくすると少し咳出ますが、咳き込んだ時はテキメン!!」
また名古屋テネモスミーティングの日に、
「テネモスランドのクリニックの方が痛いところに
ピッコロ当てたら、痛みが止まったって、びっくりしてました。」
それを聞いてEさん。
「ちょっと遊びで作ってみたんだけど、
びっくりだよね。」
製作者もびっくりの効果です。
物質は放出、エネルギーは吸引。
物質で物質は変化できない。
原因であるエネルギーが結果である物質を変化させる。
ピッコロは電圧によるセラミックのバイブレーションが
エネルギーを吸引しています。
そのゆえに、体の痛み(酸欠・・エネルギー不足・・放出状態)を
消してしまうのでしょうか。
試してみてください。
例外もあるのかも。
と思うと意の如くですから。(笑)
8月8日の地域の盆踊りから、仕事納めの11日
までに、飲んだり食べたりで完全に体が放出状態。
いつもの背中の腎臓辺りが悲鳴を上げました。
今だ!! ひらめいて横になっている間、ピッコロを
当てました。実験大好きですから。
当てるとしくしくわき腹の痛みが止まります。
話すとまた何十秒かの間隔でしくしくします。
当てたり離したりを繰り返しているうちに、
眠ってしまいました。
牛革も当ててみました。
結果は?当ててみるとわかります。
エネルギー吸引状態の物質は0になろうとします。
自然界はすべて0です。
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万事は如意です。

ベルバラがわからないと何もわからない。

Eさんのユーチューブを見ていました。
そして何気なく他の番組を探していましたら、
以前に娘のSが大変にお世話になった、当時千葉の
牛久の精神科医Uさんの番組にあたりました。
「99%の・・・・・・・・」という本に関する解説的な番組でした。
さらに15分ほどのUさんの講演の模様を見ました。
Uさんはもう精神科医はやめて、いままでの歴史の
真実を語る、語り部になっているようでした。
日本全国を飛び回る人気講師のようです。
私達愚民を「グーミン」ともじり、早く気づけと連呼します。
とても若い方で、こんなにもアジテートする方がみえるなんて
驚きました。
もしかして、勢力の大きな邪魔になりそうな方です。
しかし伝えていることは真っ当な話で、過去仲間とともに
さまざまな学びと実践を繰り返してきたことに通じます。
生前、長野県上田にみえたロケット博士糸川さんを始めて訪問した時に、
糸川さんは「ベルバラがわからないと、なんにもわからんよ。」と
言われました。
当時の私には「?」でした。
その後さまざまな旅とご縁と学びや実践から
「ベルバラがわからないと何もわからない」と
酔った私におっしゃってくださった糸川さんの気持ちが
伝わってきていました。
「グーミンよ気付け!」とおっしゃったのかもしれません。
「イスラエル古代民族」
「大和民族」
「ユダヤ民族」
「レクス・デウス イエス」
さまざまなキーワードが目前に迫ってきています。
そしてそれらのキーワードがつぎつぎにつながっていきます。
忘れないでと、先人の声がします。
娘さえも叫んでいます。
小さい頃、なんでこんなに暗記ばっかりするんだろう。
なんでみんな同じことばっかりするんだろう。
学校がなければ天国なのに。
そしてやっとこさ勉強のない大人社会に入りました。
嬉しかったです、その開放感。
たくさんの楽しいこと厳しいことを経て、人生を
楽しんできました。
それでもこんなことのために生きているの?と心の深いところの
叫びがいつもありました。
なんだか釈然としない気持ち。
このままじゃいけないと自分が訴えます。
その訴えどおりに現実が変化してきました。
どうやって生きようか。
何が憶心のわきあがる喜びか。
学び実践し、また学ぶ。
繰り返し実践し、新たに進む。
答えはないかも、完璧もないかも。
津のAさん、糸川さん、「竹内文書」の高坂和導さん、知花敏彦さん
そして知花さんとのご縁から現在のEさんにお会いできました。
そして今回Uさんのユーチューブから、いろんな思い出が蘇ります。
さまざまなご縁が、人生を彩ります。
そして出会いの不思議を思わせます。
ここまで来ました。
随分と長い旅でした。
いつでも誰でも、自分が自分の人生の主人公です。
主人公はほかにはいません。
そして、感じることこそ大切に思います。
感じることに嘘はつけないからです。

ミスターなんとかさんとあんでるせん

今日銀行周りをする車内で、社員さんが
昨夜のミスターなんとかさんのテレビでの
話をしました。
ミスターなんとかさんが超能力なんかない、
すべて種がありますと、自分のマジックを
断言したようです。
以前、幾度も訪れた長崎川棚駅前の喫茶店「あんでるせん」には
過去なんとかさんもおいでになりました。
私も7~8度訪問しましたが、その中でマスターの久村さんが
お話なさったことで、なんとかさんとのやりとりのことがありました。
すべての久村さんのマジックを見た後、なんとかさんは久村さんに
質問したようです。
「久村さん、あなたのマジックはだいたいすべて
理解できました。 ところであなたのマジックの基本は
なんでしょうか。?」と。
その時久村さんは、やおら自分の握りこぶしを
壁の中にズブズブと入れたそうです。
そしてスッと壁から腕を抜きました。
もちろん壁に穴は空いていません。
それを見たなんとかさんは、黙って去っていったよう です。
そのお話を久村さんから聞いたとき、今やってくださいよ
って言いましたら、「今はダメ、腕が抜けなくなるかもしれないので。」
と言って笑ってました。
現実はやっぱりほんとうに幻想かも知れません。
過去記事 「ふしぎ 未知」 から
ヒロ、セロ、あんでるせん

スリランカ 4

昨日は建国記念日でした。
神武天皇即位後125代2675年もの長い間
一つの系統(途中何があったにしても)の王朝が
このように長く維持されていることは世界に例がありません。
それゆえに世界の王族が集まりますと、いつも日本の
天皇陛下が中心になられます。
象徴である天皇家についてはさまざまな意見が
あることでしょうが、長く続いているのにはきっと意味があるのでしょう。
古事記や日本書記によりますと、天皇家の祖先は神様ですから、
元一つ、万世一系、八紘一宇、山川草木悉皆成仏からいきますと
私たちはすべてが神そのものとなります。
ですから天皇を尊び、天皇制度を守ることは、私たちが
元ひとつの神の申し子ですよという概念を守り続けることになります。
天皇家では毎朝四方拝をし国民と国や世界の安寧を祈ります。
質素倹約をし国民に災難がありますと、現地にでかけお声を
かけられます。 お声をかけられた方たちはどんなに勇気付けられることでしょう。
今アマゾンで料理部門の第一位書籍は「昭和天皇のお食事」です。
そこでは天皇のお食事がいかに質素かが明確になっています。
わかるわからないにかかわらず、長い長い間ひとつの
王族をいただいて存在してきたこの国の誇り高き国民と、
守ってきたものこそ違え、小乗仏教の厳格な教えを民族が
一丸となって尊んできた国民とは何か共通点があるのかも
わかりません。
1948年2月4日 スリランカの独立の日。
お釈迦様の予言を守り続けた「天上天下唯我独尊」
すべての人が光り輝いている国民。
1948年5月14日 イスラエルの独立の日。
聖書の予言どおりシオンに帰った誇り高きユダヤ国家。
同じ年に二つの国が独立を果たしました。
選ばれた国民という誇りと自信に満ちた民族でしょうか。
不思議に独立記念日が同じ時期となりました。
スリランカはポルトガル、オランダ、イギリスに統治され
第二次世界大戦後独立しました。
そしていち早く日本の戦争賠償権を放棄しました。
今も日本との友好国家です。
教育費無料、医療費無料のスリランカ。
毎月の満月の日は国民の祝日で家族がそろって
寺院に祈りにでかけます。
地域に葬儀があれば、小さな子も老人もこぞって
その家に弔問にでかけます。
学校への送り迎えは、両親のどちらかの仕事です。
家庭を訪問すれば、帰り際の年長者への挨拶は
ひざまずいて相手の足に手を置き敬意を表します。
家庭では親をとても大切にします。
昔良き日本の礼儀が息づいています。
地方に行けばやせた犬が穏やかな目をしてあちこちに
うろうろしています。犬は仏さま同志だからだれも害しません。
鳥も、サルも、牛も、小動物もみんな細いです。
人間の中年だけが太って、東アジアではナンバー1の平均寿命
近くになるとやせてきます。(食べすぎで糖尿病に・・・)
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大都市コロンボは先進国のそれに劣りません。
通信は3Gがあたりまえに整備されています。
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道路交通は信号がほとんどなくて、左側通行ですがまさに
殺人的です。二車線に3台くらいが並ぶのです。
我先にが基本ですが(笑)不思議に事故は見かけません。
1週間いて一件だけ見ました。
犬も轢かれません。
究極は譲り合うからでしょうか。
情報という面では超先進国家であるスリランカ。
実際のインフラはまだ三丁目の夕陽状態ですが、
先進国家のひずみを教訓にしていち早く健全で
楽しい国家を目指していただくよう願わずにはいられません。
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毎年海外に行くといいよと言われていました。
それは外の様子が分かると同時に、自分の国も
よく分かるようになるからです。
浦島太郎のような旅となったスリランカ。
マディカさんスリランカと日本の虹の架け橋に!!
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素敵な国 日本は輝いています。
元ひとつ 不二の国大和です。
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帰国 新幹線車中からの富士山。

スリランカ 3

もしやあなたは
版画家 齋藤吾郎さんの作品です。
左が愛知県東栄町の花祭りの榊鬼
右側がスリランカの古都キャンディーのペラヘラ祭の鬼です。
花祭りもペラヘラ祭も踊りや楽器で祝う民衆の祭りです。
花祭りはもともとお釈迦さまの生誕を祝う祭りですが、
東栄町のそれは神々を降ろし神々を祝い、神々が還るという祭りです。
ペラヘラ祭りは今はお釈迦様の歯をメインにしていますが、もともとは
神々を祝うまつりです。
スリランカは2500年の歴史を持ち、日本は皇紀2750年の
歴史を持っています。ほぼ同じ長さです。
スリランカは南方仏教の元の国です。
世に言う小乗仏教の発信国なのです。
「天上天下唯我独尊」はすべての人は光り輝いている、
尊い生命をいただいているとする、お釈迦様誕生の言葉です。
小乗仏教はこの国から、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオス
などに広まっていきました。
お釈迦様が生存中に三度セイロン島(スリランカ)を訪問し、
この地が仏教を永遠に守る地となることを予言しています。
そのゆえにお釈迦様の死後多くの遺骨がスリランカに
もたらされました。写真は前3世紀の仏塔ルワンワリサーヤ仏塔です。
お釈迦様の左鎖骨が安置されています。
もの凄い振動を感じさせています。
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紀元前三世紀アショカ王の妹が、お釈迦様悟りの地の
一本の菩提樹の枝をもたらし、その枝が見事に育ち仏塔のシンボルと
なりました。多くの人たちが絶えず訪れ、民の寄進によって明かりはともり続けています。
近くには前1世紀に建造されたこのような仏塔も残っています。
これもすべて世界遺産です。
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近代になってポルトガルに占領されるまで、この国には
多くの王朝が生まれまた滅していきました。
ですが、すべての王朝はお釈迦様の教えを守り、仏教を守るという
歴史上のこの国の役割を忘れることなく、その王朝以前の
すべての仏塔や遺跡を守りながらも、自身のものを近隣に建造していきました。
ですからほとんどの遺跡や仏塔が破壊されずに残されたようです。
マディカさんは初めてお会いしてから一貫してその大らかな
態度と、何事にも動じない動かない信念のようなものを感じさせていました。
その理由がスリランカの歴史そのものにありました。
バンダラナイケ空港に降り立ったとき、それまでの異国に感じた
違和感が一切なく自然だったことに不思議な感慨を覚えました。
そして堂々としたマディカさんが、いっぱい歩いているではありませんか。
マディカさんはこの国そのものだったようです。
私たちの国、大和日本はどうでしょうか。

スリランカ 2

8年ぶりの海外旅行でワクワクしていたのですが、
いつもの旅と同じように、行き先の情報を調べずにいました。
行き先のことを調べて出かけますと、自分の仕入れた知識どおりの
固定概念でその地を見てしまうからです。
ただスリランカを感じるままに味わいたい、そう思いました。
ですが北海道より少し小さいスリランカには6箇所もの
文化遺産と2箇所の自然遺産が世界遺産として存在することだけは
知っていました。
それからスリランカの意味は「光り輝く美しい島」だということも。
そして70%が敬虔な仏教徒であることも。
紛争は大多数を占めるシンハラ人とインドからのタミル人との
戦いだったことも。
また政治的には20年以上も民族紛争が続き、それを収束させた
大統領が長く勤めた後、この一月に民主的な大統領が新しく
当選し任期の一期5年しかやらないことを宣言していました。
世界遺産で一番有名な場所はシギリアロックです。
シギリヤロック.jpg
親殺しの王様が、報復を恐れてこのような高い山に王朝を作りました。
けれども、長くはこの王朝は続かなかったようです。
あとは石造のお釈迦様涅槃の石仏などがあります。
釈迦涅槃.jpg
マデュカさんや同行してくださったマデュカさんの
友人スジットさんにさまざまなお話を伺いながら
旅を続けました。
一日目はとにかくコロンボから西へ60キロほど離れた
アラッワ市の町外れにある山村の小高い山の上の水タンクに設置された
風力発電機とソーラーパネルの作動状況を確認しに行きました。
マデュカさんたちが去年の夏に設置し半年が経過していました。
その村の水源は個々の家に掘った井戸です。
家々が離れているために、水道管を敷設するよりも
コストがかからないので政府が個々の家に補助を
して井戸を掘ってもらうのです。
それでも水源が枯れたり、水を大量に必要とすることが
おきたりする事態に備えて水タンクが山上に設置されています。
水は1,5キロ離れた山の下からポンプで押し上げています。
ここが水タンクの水源です。
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ポンプアップ
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そして山上の水タンクでの風力とパネルの設置状況ですが
これです。
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風スリランカ2.jpg
タンクの中は行ったときは空で、急いで水をポンプアップしてくれました。
空なので撮影できました。
5センチほどの塩ビパイプにセラミックを詰め
ソーラパネルの交流二極と風力の交流二極を
別々に振動圧の電源としていました。
(少し見えにくいですが)
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そして直流電源のソーラーを一旦12Vバッテリーに
蓄電しコンバーター(直流を交流に変換)を通して
セラミックに通電していたそのコンバーターのサインは
緑ランプでバッテリーは健全であることを示していました。
風スリランカ5.jpg
一安心でした。
水は常に外気圧よりも少し高い圧に保たれ
水もまた健全な吸引状態を確保できます。
二日目以後スリランカの歴史と現状、何故東栄町とスリランカ
なのかの謎が次第に解けてきました。

スリランカ 1

日本人で始めてルーブルでの模写を許された
版画家の人が愛知県の西尾市にみえます。
その方の版画のうちでひときわ私の目を引いた
作品がありました。
それは愛知県の豊川の奥深くにある村が関わりがあります。
花祭りで有名なその村の名は東栄町です。
水が豊富で村のあちこちから水が
湧き出ているのです。
その版画とはなんでしょう。
実は大きな地図に日本とスリランカも載っています。
そして日本のその東栄町の場所には大きな赤鬼が
鉾を持って立っています。
スリランカの方向を見ています。
その視線の先にはスリランカの上にキリッと 立つ緑のショールの赤鬼、
両者はじっと見つめ合うのか、にらみ合うのか、
対峙しているのです。
私にはその版画がとても気になって、東栄町には行ったことがあって、
夜中に花祭りも見させていただいたのですが、スリランカと
東栄町の赤鬼のイメージが脳裏に焼きついていました。
そしてその想念が呼んだのか、今回の旅。
スリランカを訪問させていただいて、わかったことがありました。

スリランカへ

明日26日スリランカへ参ります。
テネモスさんをあとに、国へ戻ったスリランカの人
マディカさんにご招待をいただきました。
日本とスリランカの二つの国の国籍を
持つことができたマディカさんです。
きっと新しい親日派の大統領のように、
両国の架け橋になって下さるものと思います。
名古屋のマディカさんのお友達ガネヒさんに
旅立ちに当たって、航空券のお世話になりました。
結局航空券は電子チケット、ビザは大使館のホームページでの
電子申請で取得。保険はクレジットカードに常時付いていて、
誰にも会わず、一切のペーパーなしでスリランカに行くことができます。
おそらく25年前の十分の一の労力で達成できます。
情報社会の到来は、処理スピードと情報の共有、そして
情報の通知の速さと量で身にしみて理解できます。
真っ黒の画面にc>と出て始まったパソコンでのキー操作の時代から、
CLOUD(雲)で情報を共有し、ソフトウエアを引っ張って、組み合わせる
時代が来ました。まさにホピの予言のようになっています。
そしてIT機器を世界のほぼどこにいても使うことができます。
インターネットはもう社会生活に欠かせない技術となっています。
ユビキタス(神はいかなるところにも遍満する)の時がきたり、
いよいよ世界が大変革を迎える予感です。
人類が進むべき方向に向かう時が来ているかのようです。