行ったり来たり

「行ったり来たり」
日曜日、今日は盛りだくさんの日。
歩いて30分ほどの福祉会館でプライナスライブ。
家族3人歩いて行くことにした。
透き通るかのような風景。
少し暑い。
歩くことが必要な奥さんは、次第に息が切れている。
長女は腰が痛いと言い出す。
だましだまし現地到着。

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自分への手紙

修身教授録「自修の人」の項を他の方が輪読されるのを聞きながら、
まったく内容と関係がないのに、母の顔が浮かんだ。
そして感想を述べる時間にまたも慟哭していた。
なさけないような自分の最後の、残り物。?
それが5月18日、早朝の四日市読書会でのこと。
実は4月のはじめ、大阪家庭裁判所から
封書が届いた。
「遺言書検認」の参加要請通知だった。
「何か悪いことしたんかな。?」って
すこしドキドキしながら開封したら、
書類には見知らぬ人の申し立てがあった。

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現 象

実感だけが理解の手助けだとしたら、
体験にまさるものはないだろう。
感情の体験は多くのイベントから得られる。
声、調べ、自然の音、ハーモニー、美、技などから
驚きや共感、癒しが喜びや響きをもたらす。
現象を今までの人々の人生の体験や、知識や智慧で
理解できない時、人間はなんとか、自らのもつ
ものさしで理解しようとする。

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祈る世界

ありがとうございます
情報を移動しましたので、
ネオ伊路波にはずいぶん多くの情報が入ってます。
上の空欄の中に、探したい言葉を
入れていただきますと、ネオ伊路波の中の
すべてのカテゴリーを検索してくれます。
ただ外部から、このネオ伊路波の情報を
検索することはできません。

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人生は劇場 041004

平成16年10月4日
人生は劇場のようなもの。
このごろそんなことを確信させるできごとが
続いている。
昨日も四日市読書会でごいっしょするIさんに
町内の山車庫前でバッタリ。
チョット気になってこちらの方面の道を選んだだけなのに。
逢えそうもない場所でのお出会いほど嬉しいものはない。
この9月3日夜、18歳まで住んでいた名古屋の
場所近くで、およそ40年ぶりに道の途中で
お会いした女性がいた。
幼馴染のみっちゃんだった。

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過去を探ること

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今、毎日のように、伊路波村の過去のつぶやきから、
まったくわがままな選別をして、このネオ伊路波に
つぶやき移動させていただいています。
いよいよそれが25項目目から50項目目のページに
きていて、そろそろ終了でしょうか。
すべての「つぶやき」を再読させていただく作業から、
まったく独立したパターンの同じ男をみつけます。

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デイト 040805

平成16年8月5日 記
「しのちゃん行く?」
「明日10時からあるからなあ。
でも 起きれるかなあ。--」
しばらく 長女は考えて、「行こか!」
そんな会話が前夜にあった。
4日 ナゴヤドームの中日ー横浜 野球の話だ。
毎年このお盆の頃になると、立川に住む妹の家族が、
故郷の名古屋近辺の兄弟の家を転々とする。

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他人の役に立って旅立つ人 040625

17年前、テナントビルを建てる事を決意した。
都会名古屋のオフィス街。
住む人々は都会を離れ、町内の少子高齢化は
一段と進んでいた。
なるべく長く、親族が争わないように、そして都会の土地が
多くの人々に利用されるようにとの願いを込めた。
そして17年が経過し、その願いどおり多くの方が毎日
ビルに足を踏み入れるようになった。

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灯 明 040413

平成16年4月13日 記
今年、来年で道がみえると漠然と感じていた。
具体的な方法が見つからないまま、試行錯誤を
繰り返し、はじめての体験を多くして、11年前から
ここの今へと来た。
いろんな人々にお会いした。
ただ事業を継続すること1点に絞っていたならば、
どのような顔相でどんな人間になっていただろうかと
想像すると、すこし恐ろしい。
でもそのようなゲームを選んではいなかった自分を
すこし偉かったなと、全部ひっくるめて誉めてやりたい。
これからのひと生でどうするのか、あるいはひと生はもうないのかは
わからない。けれどとりあえず今回はラッキー。

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