埼玉 テネモスネットさん訪問 R5 5/27

令和5年5月27日土曜日に、ほぼ一年ぶりに
テネモスさんご訪問をいたしました。

新しい予定次期社長さんへのご挨拶の為です。

テネモスさんの社員さんを含め5名の皆様から
大歓待を受け、冷酒まで賜りました。
昼食の素晴らしいお弁当をいただきながら
さまざまな意見交換をいたしました。

飯島さんが生前中に、お話をされた部屋である
「テネモスホール」でのお話会。
新しい次期の社長さんは、飯島さんの歩いてきた
数々の足跡を展示するかのようなお部屋を
きちんと整備されていました。
それだけで喜びが湧き上がりました。

さらに今までの商品群のパッケージの一新を
てがけられそれらをテーブルの上に並べてみえて、
随分と大変なことだったろうことが予想できました。


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森 信運命をひらく 365の金言 46 「自己を鍛える最上の場所」

自己を鍛える最上の場所

 河水の濁りを清めるには、まず遡ってその源を清めるほかに途はありません。
 同様にわたくしどもも、自己を鍛える最上の場所は、結局は家庭のほかにはないでしょう。
 かくして家庭生活こそは、実に人間修養の根本道場というべきであります。
 もしこの趣が分かって、家庭おけるわが生活の根本的な立て直しの覚悟が決まったとしたら、もうそれだけでも、その人の態度の上に、一種の緊張が見られることでしょう。

 すなわちそこには、未だかって見られなかったような凛子たる人間的緊張と、それに伴うゆかしさがうかがえることでしょう。

森 信三 運命をひらく 365の金言 34 「真の誠」

真の誠

 真実の道は、一体いかにして興るものでしょうか。それには、「自分が道をひらくのだ」というような一切の野心やはからいが消え去って、このわが身わが心の一切を、現在自分が当面しているつとめに向かって捧げ切る「誠」によってのみ、開かれるのであります。

 が同時にそれだけに、この誠の境地には容易に至りがたく、実に至難なことだと思うのです。と申すのも、お互い人間の誠には、「もうこれでよい」ということはないからです。すなわち、「もうこれくらいならよかろう」
と腰を下ろしたんでは、真の誠ではないからです。真の誠とは、その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、しかも常にその足らざることを嘆くものでなくてはならぬからです。

再録 奇跡の道 その66~奇跡とは偽りの神々を・・・

「奇跡とは偽りの神々をすべて手放した神の子が
兄弟たちにも同じことをするように呼びかける行為」

兄弟がいなければ奇跡には至らないと
聞いています。
そして奇跡とは癒しであり救済であるとも。

だいたい神々なんてことはなくて、ただ一つの神の
子である自己が出会った兄弟たちを通じて行う行為が
奇跡(赦し)です。
その行為を通じて、兄弟たちにも同じように
赦しをおこなって、と呼びかけることが奇跡でもあります。
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森 信三 運命をひらく 365の金言 14 「仕事と睡眠」

仕事と睡眠

 睡眠というものは、必要に応じて伸縮自在
なるべく、「何時間寝なければならぬ」というような
固定観念を打破して、必要に応じては五時間、
三時間はもとより、時には徹夜も敢えて
辞せぬというくらいの覚悟が必要でしょう。
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追悼 坂田道信氏 「致知」より

坂田先生! ありがとうございました。

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幾度かの坂田道信先生との出会いのチャンスが
ありながら先生の講演会との日程が合わず、ようやく
その場がいただけました。

名古屋国際会議場の一室での講演会です。

一番後ろの席で、こっくりこっくりと隣の居眠りする家内の
横で、自分は幾度も涙を流していました。

初めての出会いとなったその日、講演終了後
坂田先生のもとにかけよりご挨拶をさせていただきました。

「先生、やっとお会いできました!」

そのお声かけに先生は

「会っても何にもならんよ!」と謙遜でしょうか。
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