光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.800+30+166
日向の新しき光
この二千二十五年の十一月三十日に、私は熊本県の市房山神宮本宮に登り、新しい日向の光が立つことになりました。なぜ、日向の光が高千穂の峰ではなく、市房山に立ったのかは、日向とはもともと南九州だったことと、この地を支配した相良氏の七百年が、重要な意味を持っていたらしい、と推測することができます。これに、二千十六年四月十四日に起きた熊本地震、さらに二千二十年七月三日に発生した球磨川水害という天変地異が、日本列島の覚醒の信号であったという推論を重ねると、重大な結論が導かれることになります。 “光文書 (ヒカリモンジョ) Vol.800+30+166 日向の新しき光” の続きを読む
