桜の花が咲いている。
誰にでも桜の花が脳裏に焼きついた思い出が
あるのだろうか。
ピカピカの小学一年生。黒紋付羽織を着た母に手を
引かれて、小学校の門をくぐった。
あの時の校門の桜の花が、私には強烈な印象がある。
その後二度と、母が学校という場所へ来ることはなかった。
生活に追われ、それどころではなかったのだろう。
三年生の時音楽の授業があった。ハーモニカ、しろほん、カスタネット
タンバリン。いろんな楽器を弾いた。
「しろほんを早く用意してください。」先生が言った。
そのしろほんを買ってととても母に言えなかった。
給食費さえ払えない状況だったから。
音楽の時間が嫌だった。
「まだしろほん持ってこないの?」
先生に言われるのがいやでいやで。
いよいよ総合練習の日がきた。その日はなにがなんでも
しろほんが必要だった。こころが重かった。
朝起きた。枕もとに 青いビニールの袋に入ったしろほん。
嬉しかったなあ。ほんとに嬉しかった。
「おかあちゃん ありがとう」と恥ずかしそうに声をかけた。
母はきっとどこかから聞いていたんだろう。
そして買ってやれないことにこころを傷めていたんだろう。
それからもずっと私はものをあまり欲しがらない子になっていた。
桜が咲く頃、いつも校門の桜と青いしろほんの母をおもいだす。
それはいのちある限り、毎年続くことだろう。
ありがとうございます