再録 光と水と空気は一気通貫 その2

ボリビアで初めて味わった水の甘さは驚きでした。
そして細かい。

旅が終わり5年が過ぎてテネモスネットさんが世の中に
マナウォーターを上梓されました。

洗剤が少なくて済む
水がにおわなくなる
下水や水道管がきれいになる
環境にいい

これらの直感からすぐに山善ビルの貯水タンクに採用です。
それから19年間マナウォーターはビルの一階と屋上で
回り続けています。

マナウォーターは水の湧水圧による振動によって
水を活性化する仕組みです。
カレーがついても取れるんです。

そして2011年の福島原発の爆発後の飯館村の
中学校のプールの水の放射線、セシュウムですが
それを一晩で消してしまう。
もう原子転換としか考えられません。
なんせセシュウムは30年間は消えないんですから。

そのような事柄からマナウォーターの有効性が実証されて
だんだん世の中で話題になり広まっていきました。

どこかの野草酵素作りを主宰される方が少し話しただけで
たちまちたくさんの注文依頼が来ることもありました。
「水はマナウォーターが一番!。酵素づくりはこれ!」
なんてお話です。インフルエンサーさんですね。

ですがマナウォーターは春から夏にかけて気温が上がる時
水道局が大量に薬品を水に投与する時など短時間ですが
におうこともありました。
さらに使用年月が長くなるとその活水能力が多少落ちます。

ですからビルでもこの19年間に2度ポンプごとマナウォーターも
交換しています。基本的にはメンテナンスフリーです。

このマナウォーターで水耕栽培や酵素の培養をしたり
水替えしなくてももう13年間も水がきれいな水槽で
鑑賞用魚を飼ったりしました。
なにも問題ないと思っていました。

ところがこの7月突然に目の前に新しい機器が登場します。

それは「量子水」。
もう5年ほど以前に一度お知り合いから
「量子水はどうおもわれますか?」と聞かれたことがあって
その時は
「いいと思いますが、なんせマナウォーターやってますから
おなじようなものかな?」という返事。

ですが今度は機器が目の前に来て試しに使ってみてくださいと。
メッセンンジャーが現れたんです。

それからは驚きの連続です。

       ・・・つづく

 再録 光と水と空気は一気通貫 その1~マナウオーターとのであい

水といえばすべてと答えるしかないんですが。

水に関心がその昔からありました。

1995年、大きな人生のターニングポイントとなった
47歳の年にボリビアに行きました。

知花敏彦さん飯島秀行さんとの旅です。

その以前二年ほど前から清里にある「やすらぎの里」には
幾度も行って宿泊。
知花さんが朝と夕方に一日二度すべて無償でお話されるんです。

「水の三態」固体液体気体。

気体になる。
形は変わっても水である本質は変わらない。 “ 再録 光と水と空気は一気通貫 その1~マナウオーターとのであい” の続きを読む

台所の照明を「明王」にチェンジ!

長さが60センチほどの台所の照明を「明王」に変更する工事が
続きました。
名古屋市の方は工事できますが、遠方の方は製品のみを
送りました。

鹿児島の方もおいでです。

それで少しそのお話を。

主婦の方は台所にいる時間が長いのでとても
安心!がこちらに届きます。

規格品は壁スイッチ用になっていますが、
台所は紐スイッチ(プルスイッチ)を要望される方が多くて
紐スイッチをつけてというご要望が多くオプションでできます。
ただ照明器具にオンオフスイッチは出来ません。

現在ついている照明器具の幅をお知らせください。
どの機種が適合するのかご提案可能です。

40型20型ベースライトのあれこれ

4184「日常の中の幸せ」2026.3.2 自分で自分を自分するから 

4184「日常の中の幸せ」2026.3.2
 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年02月16日の記事を紹介します。

「日常の中の幸せ」

地球の波動がどんどん上がり、

・思ったことが実現するのに、それほど時間がかからなくなったり、

・波長が異なる者同士は、いつの間にか疎遠になったり

・神様が自然に「人払い」するようなことが起きたり、

・隠されていた闇が白日の下にさらされたり、

色んな現象が起こっているようです。

ますます私たちの心の状態により、

引き寄せられる世界が明確に分離していくのでしょう。

今日のテーマは「日常の中の幸せ」ですが、それに入る前に

斎藤一人さんの、簡単な言葉を掲載します。

一人さんは、子供のころから、アメノミナカヌシ神と交流されていた方です。

アメノミナカヌシは、150億年前の、この宇宙創生の時の最初の神様です。

その直後に高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ)

要するに結びの力(中間子、弱い力と言われるもの)が現れ、

原子、分子など物質世界が形成されます。

一人さんのお話では・・・

身近な人が苦しんでいても、過剰に心配する必要はないよ。

ただ信じてあげるの。

人って、それぞれ学ぶべきことを決めて生まれてくるんだよ。

だから、上手くいかなくても、「うまくいかない」ってことを学んでいるだけ。

さて今日のテーマ、平凡な日々の中にある幸せについてのお話です。

鈴木秀子さんのお話です。

鈴木さんは、聖心女子大学教授で、

「死にゆく者からの言葉」

「子どもを傷つける親癒す親」

「あなたは、あなたのままでいてください。」

「死にゆく者との対話」

「臨死体験生命の響き」

などの多数の著作者として知られています。

クリスチャンでシスターでもあります。

そして臨死体験者であり、神様との直接的な接触、光体験をされた方です。

<引用開始>

物やお金にしがみついて、その繁栄だけを求めると、ちょうど切り花を飾ったようで、

目に見える世界はきれいになるし、いかにも幸せそうだけれども、

そういうものだけで満たされると、心の空しさが起こってくるんですね。

あるとき、講演でこういう話をしたら、講演が終わったあと、一人の紳士が

「コーヒーを御一緒する時間はありますか」と言うので、ご一緒したことがあるんです。

その方は精神科のお医者さんだったのですが、おっしゃっるには、

人間のエネルギーには縦と横の線があって、

例えば

・横線を お金や物や地位のエネルギーだとすると、

・縦線は 見えない世界だというんです。

もし人が10のエネルギーを持っているとすると、

物欲が広がれば広がるだけ、縦のエネルギーはなくなるわけです。

ところが、その人がある日、ガンの宣告を受ける。

あるいは会社が倒産したとか、

社長にしようと思っていた息子が死んだりしたというような場合、

突然頼りにするものがなくなるわけですから、どんでん返しがきますね。

がんといわれて入院してしまったら、どんな大きな会社を持っていようと

何の役にも立たない。

そこで初めて、自分の頼りになるものは、何だろうかと考えるんですが、

そのときに、いかに縦の線を短く生きてきたことかということを、

しみじみと感じるというのです。

それまでは8ぐらいあった横のエネルギーが、1か2になってしまうわけですから、

その分を2しかなかった縦の線に、振り替えていかなければならない。

そういう人を何人も診てきたけれども、

その振り替えがいかに大変かというお話しでした。

私はほとんど寿命が尽きて、いつ亡くなるかわからないような人を病院に訪ねて、

「何かしたいことがありますか」と訊いているんですが、

だれかと諍いを起こしたような人がいれば、まず「仲直りをしたい」というんです。

やはり人間には愛が一番大切だから、それに背くような行為があったら、

修正して愛でつながりたいという願いが一番強いんですね。

その次に言うのは、「家に帰りたい」ということ。

それから、皆チューブでつながっていますから、「自分の口で食べたい」と言う。

「自分の足で立って、歩いてお手洗いにいきたい」と言う。

ほとんどの人がこういうことをいうんです。

それを聞いて私がいつも思うことは、私がいま会っている人で、

自分の家に帰れられないような人はいないし、食べ物も自分で自分の口で味わえる。

私たちにとっては、自分の足で歩いて家に帰るなどということは、当たり前のことで、

死んでいく人のように、切実に思う人なんて、いないということなんです。

ところが、それがどれほどの恵みであるか、そういうことには気が付かない。

だから、私は死んでいこうとしている人たちが、一様に望むことというのは、

生きている人たちへの遺言だと思うんです。

「当たり前のことこそ恵みで、死を間近にして、そのことに気が付くのでなく、

いま気付きなさい」

ということを伝えているんだと思うんですね。

何かをすれば幸せになるのではなくて、いまが、幸せなのだということに

気付くことだと思います。

<引用終了>

横線である、見えるもの(お金、地位、名誉、財産、学歴)だけでなく、

縦線である、見えないもの

(優しさ、愛、友情、いたわり、思いやり、信じる心)も本当に大切ですね。

そして私たちは死が近づくほど、これら見えるものを、段々とそぎ落とし、

見えないものの、大切さがわかってきます。

死に際しては、見えないものしか持っていけないのですから・・

・貴方には今、帰る家がありますか?

・待っててくれる人がいますか?

・話を聞いてくれる友達はいますか?

・目は見えますか?

・耳は聞こえますか?

・歩けますか?

・自分で食事はできますか?

これら、普段は当たり前だと思っていること全てが、

本当は、奇跡で、有難いことなのです。

私達も死の淵まで行かなくと、病気になったり入院したりした時、

同じように思うこともあります。

そんな時は、周りの人の何気ない優しさが、どんなに嬉しく感じることか?

逆に、周りの人のちょっとしたトゲのある言葉に、どんなに傷つくことか?

私達が亡くなる時。

それはもしかしたら、そう遠くない日かもしれません。

本当の幸せがわかっていなかった。

命が何万年もあるみたいに思い込んでいた。

そんな後悔をしないためにも、ちょっと立ちどまり、家族の顔を見るとか、

友達のこと、親切にしてくれる人のことを、少しでも思ってみることができれば、

生きているうちに、幸せを噛みしめることが、できるかもしれませんね。

「神聖」ステンレス大を一か月試した女性

今日電話がありました。

「山田さん! この前のステンレス一か月使って
ずっと便秘だったのが毎日出るようになったんだって!」

綺麗なお話です。(笑)

そしてとても嬉しいお話です。

相変わらずいつもにも増してとてもたくさん歩いた日の夜中、
足がつるとすぐに板を足に押しつけます。
するとほぼ瞬時につりが収まります。
もうなくてはならないもの。

飲み過ぎた夜は右腰が重い。
その時も安心です。

ありがたいことです。