https://tenmei999.blogspot.com/2023/02/2963202325.html
今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年01月31日の記事を紹介します。
「地獄に住む人」
今日は以前に書いた記事ですが、占星術の大家マドモアゼル愛さんのお話をご紹介します。
そのお話の内容は、空海の「即身成仏」の内容を、切り口を変えて、分かりやすく説明してくださっています。
少し過激な単語を使われていらっしゃいますので、なじみのある単語に置き換えて、ご紹介します。
<引用開始> 引用元
人は死んでから地獄に行くのでしょうか?
違うと思います。
人は生きている時にすでに地獄に行くのです。
もちろん、すべての人がそうではありませんが、生きている時に、既に地獄に住んでいなければ死んでも地獄にはいかないはずです。
天国も同じでしょう。
生きている時が天国でなければ、死んでも天国に行けるわけではありません。
これはすべてに共通した法則です。
今幸福でない人が未来に幸福になることはできません。
将来幸福になりたいと願うのは人情ですが、法則的には今幸福でない限り、未来も幸福ではないのです。
要するに今と未来の関係です。
未来を作るのは今ですから、今が変わらなければ物事は永遠に変わりません。
人が不幸のどん底にいたとしましょう。
不幸だ不幸だと思っている状態が長期不幸です。
普通は相当な不幸が襲っても、時には気分が変わったり、感情が変化したり、考えが変わることがあります。
それなのに、
・変化を拒否して、かたくなに気分を変えない、、、
・かたくなに考えを変えない、、、
・かたくなに感情を変えない、、、、
これが不幸が続く原因です。
恨みや怒りを変えない、、、、
何があってもそれを維持し続ける、、、
それが地獄に住むということです。
人は生きていながら、こうして地獄の世界に、足を踏み入れていくわけです。
何でこんな話しをまだ夏でもないのに始めるかと言うと、けっこう地獄に住んでいる人が多いことに気づいたからです。
何かにこだわり、それをかたくなに変えようとしないまま生きている人は、少なからず地獄の状態になっています。
そして生きる現場のリアリティよりも、現実と異なる幻想の思いこみのウエイトの方が重いとき、私たちは段々と地獄に住むようになります。
この世は変化こそが取りえであり、変化が大きい恵まれた世界です。
この世に理不尽なことが多すぎるのは困りものかもしれませんが、その分、色々な変化のチャンスに恵まれた、可能性に満ちた世界なのです。
本当は悪いことも良いことも含めた変化こそが、私たちの世界からのプレゼントであり宝物です。
・天候の変化、
・四季の変化、
・環境の変化、
・人間関係の変化、
・訪れる事柄の変化、
・肉体の変化、
・感情の変化、
・考えの変化、
・意識の変化
など、様々な変化に充ち溢れています。
そして変化を受け入れることで、過去を流し去っていきます。
変化を受け入れさえすれば、過去が人を苦しめることは基本的になくなります。
また変化があれば、必ずそこにはエネルギー現象がありますので、変化=エネルギーとなるわけです。
生きながら地獄に住む人は、エネルギーが少ないのです。
地獄に住む人は変化にエネルギーがあるなどとは認めず、物にしか、また過去への思いにしかエネルギーがないと思っています。
地獄に住む人の考えは、凄く現実的なんです。
だから死んでもこの世に関わるのです。
現実的だからです。
物や過去が好きなんです。
私もお墓に停めておいた車が、わずか30分後に戻ったとき、ラジオも聞こえない程バッテリーが完全に上がってしまったことがあります。
肉体を持たないお化けにやられたのでしょう。
お化けはエネルギーを欲しがるので、バッテリーはごちそうだったのかもしれません。
地獄に住む人は変化を拒否しているので、慢性的にエネルギー不足に陥っています。
ですので、外界からエネルギーを得ることを考えた結果、電気を好んだり、人からエネルギーを奪おうとするのかもしれません。
一緒にいるとやけに疲れる、エネルギーを奪われる、、、
という経験は誰にでもあると思いますが、それはその相手が変化を認めない人の場合に多いはずです。
相手ばかりでなく、こちらも変化を認めなければ、お互いで地獄合戦になりますので、恨みや怒りが増幅します。
変化を認めず、双方が変化なしで物事を解決しようとする時、私たちは地獄合戦の、恨みあいに入っていくのです。
どちらの我を通すのではなく、お互いに変化することで問題解決に導くことがエネルギーワークとなりますので、そうすれば物事は必ず発展します。
取り決めだけの、事務的やりくりで平成は30年やってきましたので、エネルギーを失っているわけです。
おそらく令和の時代は、変化にとんだ時代になるでしょう。
私たちの生き方も、変化を受け入れることで、自ら変化に身を置くことで、
エネルギーを得ることを考えたいと思います。
・四季を愛でる、、、
・一日の自然現象の変化に喜びを見出す、、、
・季節の食べ物の変化を味わう、、、
地球は変化によって、エネルギー現象を起こしていますので、それを見たり味わうことが、文化として定着してきたわけです。
生きながら地獄に住む人には
四季も、夕日の美しさも、鳥のさえずりもありません。
ただ自身の思いの世界があるだけ。
変化したら自分がいなくなることを恐れているのでしょうか。
いなくなれば大きな世界に入るわけで、肉体が無くなる変化を最終的には人は受け入れるわけです。(生きながら地獄に住んでいた人は、それを拒否します)
生れたら死ぬのはセットです。
死の変化を受け入れることが、永遠の世界の入り口に私たちを導いてくれるわけですが、
せめて生きている間にも、変化多き人生を歩み、地獄的な生き方から自由でいたいものです。
変化多き人生とは、何も激動の人生であるというのとは違います。
変化を受け入れる姿勢で生きることです。
変化を楽しめるということです。
変化がエネルギーであることを認めず、物にエネルギーがあるとする今の科学の限界を、
私たちの心だけでも、越えて行かねばならない時代に来ている気がします。
<引用終了>
この地球は行動の星と呼ばれています。
自分自身で、一歩踏み出すことで、様々な波紋が、宇宙に解き放たれます。
そして、その波長をキャッチした、共振した人が、必ず現れ、発信者である、私の人生に変化がもたらされます。
運命は人が運んでくるとは、その事です。
・誰かがやってくれるだろう
・誰かが助けてくれるだろう
・棚からぼた餅的なことが起きるだろう
の心では、そのような依存の心では、決して運命は変わりません。
ご自分の心を、静かに見つめてみてください。
・私は不幸だ
・私は貧困だ
・私は重い病気だ
・私に友達はいない
・周りはみんな敵だ
・みんな私の不幸を望んでいる
・私をだまそうとしている人がいる
そんな風に、かたくなに思ってはいませんか?
そのような考えを手放さない限り、何時までも「地獄に住む人」から抜け出せないことでしょう。
何時までも、頑なに恨みを心に抱いていては、その頑なで、重い心ゆえに、肉体を去る時には、天に上ることはできないでしょう。
そのような状態では、肉体の死後も行先は、もう決まっています。
一度、一回だけでも、一切、そのような心を忘れてみませんか?
そして、私は、もともと
・心あたたかく
・みんなで助け合い
・お互い様と、人の個性も受け入れ
・おかげ様と、みんなに感謝して
そして
・人をだまさず
・疑わず
・恨まず
・さげすまさず、
・不平不満を言わず
そんな風に生まれ、そして生きてきた。
そして、それはこれからも変わらず、そんな人間だったと、、、
思い直し、生きなおしてみませんか?
そう決心した途端、人生は180度変わり、神々も、周りの人々も、あたたかな心で受け入れてくれることでしょう。
そして、生きながら天国に住む人に生まれ変わることでしょう。