光文書
(ヒカリモンジョ)
Vol.800+30+117
神話の終わりと日本の危機
この二千二十五年は、ルドルフ・シュタイナーが予告していた、日本列島をめぐる光と闇の最終決戦の年となります。二千二十四年の年末に、私は大山積の神の告知で、伊勢が、記紀の神話の結界が切れた結果として、大きな危機に瀕することになり、その対応に追われることとなりました。
古事記と日本書紀という日本神話は、これまで、日本列島を一神教の悪魔の侵入を阻止する無意識の結界を形成してきたのですが、敗戦後七十九年にして、その役割を終えました。
これらの事象は、すでに終わった聖書の時代に対応するプログラムで、日本の記紀の結界が切れたのと同様に、アメリカの建国神話の結界も切れているので、この世界で、闇の支配に対応できる、古い宗教的、あるいは神話的結界はすべてなくなったと考えてください。
どうやら、これが、シュタイナーが予告した二千二十五年に、地球の頂点に位置する日本列島を奪おうとする闇の勢力と、守ろうとする光の勢力が争う準備のようなのです。
残念ながら、この戦いによって、日本列島は、精神的エネルギー的には、アメリカやチャイナやヨーロッパと同様の暗黒の時代を迎えることになります。
日本の仕組みの発動によって、二千二十五年の八月十五日には、日本列島は、光の側に取り戻されるはずですが、それは、いままでの日本が存続することを意味するわけではないのです。
いちばんの危機は、天皇と伊勢の存在で、この日本の権威を裏から操るような存在が、日本列島を支配しようと、安くなった日本を買い続けている勢力がいることを、大山積に代表される古き日本の神々は警告しているのです。
精神界のプログラムが現実化するためには、それを現実界、一般に物質界というところで実行する人間の働きが必要なのです。
日本列島に生まれた日本人は、その役割を担うべく、そのたましいが授けられてきたはずですが、その覚醒は、進んでいません。このままの闇の支配が進行すると、別の試練の扉が開く可能性が高いのです。
聖書の神が、闇の王たる黒い龍と共に、地球の物語の舞台から去った後に出て来ているのは、この宇宙の物語の主役である、光と闇のエネルギー体なのです。
これからはじまる、この宇宙的な戦いは、聖書の物語が終わった先にある、この物語宇宙にエネルギーを供給している光と闇の戦いなのです。そこに古い知識で参加しようとしても、それは、光に反するものの側に立つことになることを、これから人類は知ることになります。
いまの日本は、その意味で、すでに闇の勢力に飲み込まれているといってもいいのです。アメリカ人がアメリカを取り戻そうとしているこの時代に、これまで、アメリカを支配してきた人間グループが、その支配の本拠を日本列島に移そうとしているというのが、シュタイナーが予告した地球の支配権をめぐる光と闇の戦いの正体なのです。
これは権力の激突というよりも、人間のこころを明け渡すという、敗北に日本と日本人が直面する危機といってもいいのです。
いままで、それを守ってきたのは、日本列島に置かれた日本語による、神話の結界だったということです。それが切れたことで、日本語の文化圏は世界に開かれると同時に、いまのアメリカやチャイナの強欲の文化の侵入を許すことにもなります。この文化的免疫をほとんど持たないで来た日本の歴史の価値が、これから問われることになります。
日本の仕組みとは、その勝利のプログラムなのですが、それを現実化する唯一の方法は、精神学という、精神界が日本語脳の発達のために地上に降ろした学の体系を学び、脳内宇宙を最新のモデルに変えることなのです。そのひとりひとりの脳内で、光が勝利することで、日本と日本文化が世界の光となれると、知ってください。
神紀五年(二千二十五年)一月二日 積哲夫 記
今回の光文書に合わせて通信が届いていますので、掲出しておきます。
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2024年12月25日(水) 13時35分から
ひとはみな
こころにやどす
かみのこ/かみのな の
やあたのかがみの
正体をしる
おわりははじまり
はじまりはおわり