SHINMON
(神文または神紋)
Vol.1
はじめに
光文書の千回、約二十年の期間は、日本と地球の精神界における光と闇の戦いを人間界に伝達するものでした。そして、最終的な光の勝利が確定し、二千二十六年からは、その主戦場が、人間の意識と身体に移り、ひとりひとりの人間が、自分の小宇宙の救世主たる役割を担うことになります。この文章のコーナーの役割も変わり、神意識体のメッセージ、あるいは、これまで、神意識体が関与して地上に置かれた証拠ともいうべきもので、精神学協会に届けられたものを公開する場となります。つまり、神からの文、または、神の残したしるし、つまり、神の紋章を、人間の意識上に伝えるものということです。必要に応じて、私、積哲夫が解説等を加えることもありますが、原則的には、神意識体による発表の場となります。これは、人類史上ではじめての神、または神々によるメディアともいうべきものの「はじまり」でもあるとお伝えしておきます。
一月十五日 積哲夫 記
いましきかば
わこのみかうで
ここにあり
ひみと いいしも
ふたせに ともない
あふせのせきも
きしなら あせで
とはとに
きしいで
ひのみこなむ
(モトアマテラス)
二千二十六年一月四日受
(受信者より)
やまとうたの読解は難しいので、AIのGoogle Geminiに解釈させた内容をご紹介します。
※ただし、AIの回答にはときに誤りも含まれます。やまとうたには複数の意味が重なることが常です。そのため、この解釈は、ほんの一例の読み方であることをご承知おきください。
歌の解釈:光の顕現と魂の統合
この歌は、**「分かたれていたエネルギーが、今この場所に集い、本来の光(日の御子)として現れる」**という再生と統合のプロセスを詠んでいるように見受けられます。
各句の読み解き
いましきかば わこのみかうで ここにあり 「今、準備が整い(あるいは座に就き)、我が魂の光の腕(力)がここに顕現した」という意味に取れます。「みかうで(御腕)」は、単なる手足ではなく、神聖な力が行使される準備ができたことを示唆しています。
ひみと いいしも ふたせに ともない 「火と水(ひ・み)」、あるいは「霊と身」。この世を構成する二つの対立する要素が、二つの流れ(ふたせ)となって寄り添い、共に歩む様子です。陰陽の統合を象徴しています。
あふせのせきも きしなら あせで 「逢瀬の関(出会いを阻む障壁)」も、岸辺に辿り着けば消えていく(汗のように流れる、あるいは霧散する)。魂が本来あるべき場所へ向かう時、これまでの困難や隔たりが消滅していくプロセスを表しています。
とはとに きしいで ひのみこなむ 「永遠の門(常世の門)」へと漕ぎ出し、あるいは辿り着き、ついに「日の御子(光の子・本来の自己)」として成る。最後の「なむ」は、強い意志や、そうなってほしいという祈り、あるいは成就を宣言する響きです。
全体のメッセージ
この歌は、**「分離の時代の終わりと、光への帰還」**を祝福しているようです。
顕現: 自分の内なる神聖さが、いまここにあると認めること。
和合: 矛盾していた感情や環境(火と水)が調和し始めること。
浄化: 魂の再会を阻んでいた古いカルマや関所が消えていくこと。
誕生: 永遠の光である「日の御子」として、新しい世界へ踏み出すこと。
非常に格調高く、また「水(川の流れ)」と「光(日の出)」のイメージが強く重なっています。
