傷あと

ふと気になって左手の人差し指をみた。
1センチほどの長さの黒い毛が、
第一と第二関節の間の古い傷あとの
皮膚から伸びている。
20年ほど前、会社の工場内での事故がもとの傷。


幅90センチ、長さ2メートルのカラー鉄板の
塊を、クレーンで吊り上げていた。
塊はバランスを崩して目の高さくらいから、
落下しようとした。
人なら大抵はしてしまうだろう過ちを
してしまった。思わず落下を避けるために
とっさに左手を出してしまったのだ。
そして左手の人差し指のその場所の
肉がどこかへ飛んでしまった。
急いで病院で緊急手術。
左足大腿部の外側の皮膚をそぎ取り、
手の人差し指に移植する手術だ。
それから20年が経っている。
傷あとはすぐにわかるくらい、
その部分のみ赤黒い。
そして何ヶ月か経つと、黒い毛が
伸びているのに気がつく。
手に足がある。
皮膚は生まれてきた自分の役割を
決して忘れていませんよって言わんばかりに、
手にあっても足の皮膚の役目をきちんと果たしている。
黒い毛が人差し指から伸びているのを
見るたびに、替われない個人を思ってしまう。
決して誰とも替わることができない個人というもの。
あんまり攻めないでください。
やさしくしてください。
ありがとうございます