神の使者から奇跡の道へ その126~与えることがもっている証拠・・・

「与えることがもっている証拠。
救済者とは救済を与える者に他ならない。」

もっているものしか与えられませんね。
誰もが救済者になれるので、誰もがもっているものを
与えて、救済者となれますね。

現れた救済者が自らを肉体だと思っているからといって、
決して彼をとがめてはなりません。
なぜなら彼の夢を超えたところにまちがいなく
実相があるからでしょう。

だから愛のために道を空ける。
あなたは愛を創造しなかったけれど、
愛を延長することはできますものね。

地上においてこのことが意味することは、
闇が心から取り払われるように、
兄弟を赦すということ。

ですがこの世界に来る者で、自分の外側に幸せと
平安をもたらしてくれる何かがあるはずだという希望や、
いつまでも消えようとしない幻想や、何らかの夢を
依然として抱いていない者はいませんね。

もし自分の中に一切が存在するなら、それこそ
夢ですから。

ただ言葉での実相世界も、又空も依然として
夢には違いありません。

「与えることがもっている証拠。
救済者とは救済を与える者に他ならない。」