時を同じにして二冊の本との出会いがありました。
一冊目は、はがき道の坂田道信さんからのご紹介でした。
「若き友への人生論」 森 信三著
森信三先生が若い方へ、人生の生き方の指針を
わかりやすく表しています。
そのご本の中の「死と永生について」の一文、
「われわれの生命は、この肉体の死後といえども、その個別性を
失わぬと見るか否かの別であって、この点については、ひとり宗派によって
異なるのみならず、・・・・・・・・・かくしてこの最終の一点に関しては、
われわれは軽々しくこれをあげつらうことをひかえるべきであろうが・・・・」
について箇条書きを友人にお見せした後、受けた質問の
回答をもって、この本の解説とさせていただきます。
そのところは、生前や死後に、現実にある時と
同じように、個別性はあるかどうかの、森信三さんの
見解を述べています。
それで結論的に森さんは、個別性については
軽々しく論ずることでなく、そうだけれども
各個人としては、しっかりとした確固たる地点、
ようするにこうだという結論を求めなさいと言って見えるのです。
個人的な今までの体験や経験に照らしますと、
各個人は一人ひとりそれぞれが指紋とおなじように、まったく異なる
個性をもってこの現実世界に現れます。
そして何故まったく異なる個性かがわかりません。
ただ個性というものが、人間として欠けている事ということでしたら、
この現実世界で肉体を持って生かされる意味がわかります。
その個性(自我)の解消と言えるのかもわかりません。
すなわち個性があると言うことは、生まれる前も、そして普通は
永久の生命と言われるのですが、肉体を脱いだあとも
個別性はあるといえるのでしょうか。
個別性はあっても一人ひとりの「生命」はひとつです。
たった一つの生命を生かされながら、すなわち本源と繋がりながら
個別性を生きるのが人間と言えるのでしょうか。
例外とされそうな、生まれてすぐに肉体をぬぐ幼い子供などは
それではどうなのだと言われそうですが、その場合はそのような
幼い子供の肉体の死が影響を与える周りの親や縁者の
考え方によるといえます。
どのように生かされるのかをつかむのは、いつも自分でしょうか。
どんなことをつかんでも自由に任されています。
松はプラス、梅はマイナス、そして竹は0です。
宇宙はいつも0に定まっています。
他の一冊は この伊路波村の「伊路波」を指文字でくださった
ペンネーム日之出秀夫さんの「ずっと気がつかないお蔭様があるごめんなさい」
という100ページの詩文です。
<作品への思い>
生きることに迷い、悩み、先が見えなくなったときにふと
立ち止まって目を向けたい、明日を生きる希望となって、
背中をそっと押すような言葉になればと思います。
生きている意味を求めて、そしてこの世界の存在の意味を求め、
探求の人生を歩む著者が紆余曲折の人生を、いのちの響きに
忠実に霊と肉の調和を目指すことになったようです。
深い言葉群が、深い気づきを与えることでしょう。
89ページです。
肉体とのお別れがとても多い近年ですが、ことに家族や
親しかった友人とのお別れは悲しいと言うよりは、わかっていても
別れていかなくてはならない無常を感じます。
3月2日、肉体の飯島さんとの別れがありました。
縁者の方に案内され、一群の人々は古民家のままの
かやぶきの母屋の一室に横たわる飯島さんにお別れを
しに向かいました。
玄関の広い土間で靴を脱ぎながら、もういのちの響きを
感じてそれへの応答を止めることができない嗚咽を
もらしていました。
順番が来て、まだ生きているかのような真っ黒い髪を
なぜながら、ありがとうと飯島さんに叫んでしまいました。
以前、「ありがとう」の言葉に「結局はそれだけだね。」と
言って見えた飯島さんが応答してました。
別れ際に一言だけ伝えたい言葉がある。
人は、「ありがとう」を伝える出逢いを求めて、
生まれて来たのかもしれない。
重い言葉と感じさせました。
4月からアマゾンで上梓予定のようです。
テネモス通信 VOL.39
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「出したものがかえる」が自然の法則です。
自然は汚れを出さない永久循環のしくみです。
弊社の商品は、自然をお手本にし、自然のしくみを応用しています。
バンブー等の商品をとおして「汚さない運動」を提唱し、
洗濯や炊事、掃除など日常生活で当たり前におこなっている
中で、汚れを出さない方法を提案しています。
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~ 自然が教える農業のお手本 (飯島秀行著)はじめに より~
私は埼玉の百姓です。
百姓という程私は偉くありません。
まだまだ八十姓位、行けたか行けないかを、彷徨っている者です。
百姓とは、100%生命を理解している人を指します。
生命を宿す器(肉体)は水質量で構成されています。ですから、水
のみ百姓とは、生命を構成するメカニズムを、しっかり理解している
者を意味し、百姓の上の者を指す言葉です。ドン百姓とは、百姓達を
仕切っている、主将を意味し、百姓達で、一番偉い存在を指す言葉な
のです。
~以上 転載終わり
~ザ・フナイ 2011年6月号 飯島秀行
たった一つの法則 ~自然のサイクルについてより 転記 ~
花に肥料をやる、農作物に肥料をやる、とよく言いますが、肥料とは何
でしょうか。
一般に肥料とは農作物等の肥やし、栄養とかいいます。花壇などで肥料
が足りないから花の葉が良くないとか、苗の育成が良くない、とよく耳に
します。本当に肥料を与えないと葉の色が悪く成長しないのでしょうか。
ではなぜ、自然の森や林は肥料を与えないのに、春、夏に成長して緑深
くなるのでしょうか。
一例を挙げてみたいと思います。白色で通気性がある鉢に、アジサイの
苗、1200鉢を移植しました。1列200鉢で6列設けました。約1ヶ月、水
だけで管理しました。葉の色は薄く黄緑です。そこではじめの1列目の200
鉢の白色鉢の上に黒い帯を巻いて黒い鉢にしました。そして1列おいて3列
目に同じく黒い帯を巻き、また1列おいて5列目にも黒い帯を巻いて黒い鉢
にしました。水だけで管理しました。黒い帯を巻いた黒い鉢の葉色は、白い
鉢の葉と比べて明らかに葉の色が濃く、濃い薄い、濃い薄い、濃い薄い、と
波のようにはっきりと差がでました。肥料を与えないと葉の色も出ないし、
生育も悪い、という説はなくなりました。
しかし肥料を与えると事実、葉の色は良くなり成長も良くなります。では
肥料はどこに作用しているのでしょうか。
肥料は農作物のための栄養補給ではなく、土の栄養補給、つまり土壌菌の
エサということがいえます。土壌菌は日光が注すところでは繁殖できません。
光を通さない黒い鉢の方が、光を通す白い鉢より、土壌菌の繁殖が活発だった
といえます。その結果、葉の色もよく健全に成長したものと思われます。
とすれば、土壌と植物は一対関係といえます。土壌菌の増殖が植物の成長
ということです。逆も真なりで、土壌菌欠乏は成長に妨げを生じます。植物が
植わっている土に、その植物に必要な菌と落葉を繰り返し、その植物自身の葉を
自分の根本に蓄積します。その無機化した土壌菌はその植物自身にと成長します。
自然の森や林はこのように、すべての正しい位置づけの中、互いに共存し
無限循環しています。内面的循環機能はすべてのわれわれのお手本だと思います。
~ 以上、転載おわり ~
飯島さんは実践者でした。
2011年福島原発事故の後、何度も福島に通い、汚染された土壌や水の
改善を教えたり、講演会を行ってきました。
福島のある果物農家の方から、どうすればよい果物を育てられるか聞かれ
ました。
飯島さんは、剪定した枝を、細かく砕いて木の根本に巻いておけば
よいとアドバイスしていました。「目には目を、歯には歯を」という
諺がありますが、「桃の木には桃の木を」です。
桃の木は、桃の要素(素材)のかたまりです。それを砕いて、
土壌菌が分解しやすく(食べやすく)して、根本に
おいて、土壌菌の餌にするということです。
しかし、よく年、その農家さんから聞いたのは、桃が病気になり
(実に黒い斑点がでた)出荷できなくなったとのことでした。
飯島さんが、桃の木を剪定して根本においたかどうか聞いてみると、
やっていないということでした。
農協の指導で、木に付着した放射線を取り除く
ために、桃の木に高圧の水をかけたとのことでした。
飯島さんからは、いつも「確認したか?」、「自分が体験したことだけを
言えば絶対に失敗はない。」と何度も言われました。
また、花と話しができるようになってはじめて、一人前の園芸農家だと
言っていました。花に意識を向けると、もう少し水が欲しいとかもういいとか
花が教えてくれると言っていました。
農協の人は、やってみて指導をしたのでしょうか?
また自分が桃の木だったら、ただでさえ、放射線を含んだ空気で苦しいのに
高圧の水をかけられたらどんな気持ちがするでしょうか。
指導する方も、指導される側も、生命という原因の世界からものを見ていません
ヒヤシンスの水耕栽培を行いました。透明のプラスチックの器を2つ用意
しました。
1つの器には、水道水を入れました。もう1つの器にはマナウォーターを通し
た水道水に、10ml程アグアを入れて、5分だけバンブーをかけました。
その状態で育てました。水が少なくなったら、どちらの器にも
マナウォーターを通した水道水を追加しました。
バンブーをかけたほうの器のほうが、根の量が多くしっかりしていました。
根がそうですから、茎や葉、花も一回り以上大きく育ちました。
少しのアグアと5分のバンブーでこんなにも違うのかと驚きはしましたが、
違いがでるのは予想できました。
しかし、今回驚いたのは、花が終わり片付けのため水を捨てた
ときです。どちらも、日のあたるところにおいたので
透明の器にはアオコのようなものがついていましたのですが、
水をすてたら、アグア+バンブーの器は、捨てた水と一緒にアオコも
さっぱり取れてしまいました。水道水の方は、スポンジで洗っても、
なかなか取れませんでした。
ブログ(テネモス日和 写真を掲載しています。)
http://blog.shop.tenemos.jp/?eid=32
吸引力という自然治癒力は本当に汚さないんだなということを
実感した瞬間でした。
体の中身は見えませんが、吸引力のナチュラルな水を飲んだり、
バンブーで毎日の食事をナチュラルな状態にして食べることで
体の中もきれいになるのではないでしょうか。
自然の法則をベースにすると、これがこうだから、あれもこう。
と連想して確認できます。
日常生活そのものが真理の実践です。ぜひ、テネモス商品を
うまく使って、宇宙の法則を身近なものにしていただければと
思います。
飯島さんありがとう。
平成7年、横浜のアンデスインターナショナルという
旅行社で始めて飯島さんにお会いしました。
この旅行者は飯島さんとご縁の深い知花敏彦さんの
弟さんの経営する会社でした。
およそ20名の人たちでボリビアに研修旅行するための
打ち合わせに、その頃ボリビアと日本を行ったり来たり
してみえた飯島さんに、ボリビアでのご案内をお願いするための
初顔合わせに出向いたのでした。
事務所に音もなく入ってみえた飯島さんに、
人としての気配が感じられずに、心なしか驚いている
自分がいました。
当然に飯島さんは30代、とてもお元気で、農業の実践研究者という
感じがいたしました。人柄は透明感のある寡黙で素敵な人
という印象を持ちました。
20名の旅行が何の目的で行われたのか。
それはその頃所属したある団体での卒業海外研修旅行でした。
ある程度の量のカリキュラムを終えた人たちが自主的に
自分達だけで行き先を決定します。
そして相手の国の方たちや、相手の国で活躍する日本人の方たちと
交流をし、将来共に心の繋がったネットワークを構築することが目的でした。
私達はイスラエルかボリビアのどちらかを参加者の
中での投票によって決めました。
ボリビアに決まりました。
ボリビアといえば若い頃からボリビアとご縁の深い
知花敏彦先生です。
まず知花先生にボリビアとの関わりのご紹介を
頼もうと、先生の住まいされる長野県の清里に
うかがいました。
日本各地から卒業生が15名ほど集まりました。
その清里で、知花先生は朝晩の二回、一時間の瞑想後
一時間の講演を長い間継続されてみえました。
何も精神的に気高くもない私達ですが、先生はボリビアとの
橋渡しを快くお引き受けくださいました。
そして、かの横浜のアンデスインターナショナルをご紹介いただきました。
そこで飯島さんとの初の出会いがあったのです。
ボリビアでは飯島さんがその頃農業指導をされていたサンタクルスという
都市や標高4000メートルの首都ラパスなどでの視察を行いました。
知花先生や弟さんそして飯島さんに大変にお世話になりました。
農業では完全発酵堆肥作りの現場や、広大な農地や酪農地、
日本人のシスターが運営する孤児院の訪問そして
沖縄からの移住者の方々との懇親もありました。
また知花先生や飯島さんの講演もいただきました。
飯島さんのお話は、面目ないことですがほとんど?でした。
ボリビア在住の知花先生のご長男の新居やその頃
開発中でもうすぐできると言われたマナウオーターの
初期の水も体験できました。
観光ももちろんありました。
そして今回のネットワーク構築のハイライトが、私達の団体が
目指すネットワークコンピューターの目録を贈呈することでした。
まだいまのようなインターネットがない時代のことです。
知り合った人たちのご縁の心の繋がったネットワークの
道具としてのネットワークコンピューターを開発し、完成した暁には、
それを贈呈すると言う目録を飯島さんにお渡ししました。
5年後までには完成すると言うふれこみでした。
ボリビアでのお別れの日、卒業生の一人が進呈した
三年物のたまりの小瓶を、胸に抱え嬉しそうにたたずむ
飯島さんのお姿が今も脳裏に浮かびます。
そのボリビア旅行が無事に終了したあと、卒業生の
お一人の女性が飯島さんを名古屋にお迎えし幾度か
お話会を開催したようでした。
一度だけその集いに伺いました。
そのときはまだ初心者の私達に、わかりやすく日本昔話を
引き合いに、真理をそれとなくお話する飯島さんでした。
それでも何をおっしゃりたいのかまるで理解不能のこちらの石頭でした。
ただお話は大変に興味深く、いつも眠くなるのにまったく
眠くなかったことを覚えています。
それから5年の月日が流れました。
私達の団体は「心のネットワーク」からいつしか
「お金のネットワーク」に変化してしまっていました。
私はその団体をすでに離れていました。
しかしあのボリビアでの約束は鮮明に覚えていて、
約束を果たさなければと思いながら、ネットワークコンピューターが
完成せずにいて、どうするか迷っていました。
「お金をお渡しして必要なコンピューターを買っていただこう。」と
思いました。
お電話を差し上げた住居の新井宿には飯島さんはみえず、
ボリビア滞在中でした。
奥様の、もうすぐ戻るので電話をさせますという
お返事で、しばらくの日を待ちました。
その後幾日かたって、電話がありました。
電話で約束を果たせないことをお詫びしました。
そして申し訳ないですが、パソコンを購入してくださいと
お願いし新井宿へ現金を持参しますとお伝えしました。
飯島さんは言いました。
「お金をいただくのに来ていただくのは、申し訳ないです。
こちらから伺います。」と言われました。
わずかなパソコンのお金を贈らせていただくのに、
埼玉から交通費をかけて来て頂くなんて、申し訳ないと感じました。
そしてなんと積極的な方なんだろうとも感じさせていただきました。
5年ぶりに、呼びかけに応じて集まった人たちの前で
質疑応答形式の講演がありました。
やっぱりまだわかりませんでした。
ただそのお人柄と、その積極性にまず心打たれました。
5年を経て無事に贈呈式ができてほっとしていました。
その日から二日後、10台ほどのマナウオーターが送られてきました。
贈呈した金額の何倍もの金額になるのでしょう。
常識を超えた飯島さんの行動に、驚きと共に
自分の小ささを知りました。
いただいたマナウオーターは講演に来ていただいた
参加者の方々に無償で提供させていただきました。
それから空気活性機の周知やマナウオーターの拡散が
喜びの仕事になっていきました。
しかし飯島さんにとってその後長く深い活躍できない時間が
流れました。
そして平成23年、日本を揺るがす大震災が起きました。
震災の翌日すぐに電話がありました。
「仙台の人っていたよね。連絡先教えてくれる。?」
それで仙台の友人の連絡先を伝えました。
それから何十台もの簡易空気活性機が東北方面に
無償で送られたようです。
この震災から以後、飯島さんの真理伝達の速度は加速しました。
そしてたくさんの品物や機器が開発されました。
その物群はまるで時節を待っていたかのように現実に
出てきました。
言葉だけでなく、ものの現象でもって真理法則を理解できます。
意識は最大の変化を生みますが、ものでも誰がやっても
おどろくべき結果を生みます。
飯島さんは新井宿の今の「テネモスランド」をずっと思い描いていました。
そして「思ったとおりになる。」 法則を体現しました。
3月1日にテネモスさんからお電話をいただきました。
「飯島さんが今日の午後2時23分になくなりました。」
体から離れた運転者は今頃どのあたりでしょう。
まだ遣り残したことがあったかもしれないけれど、
あとは現実に今体を持っている人たちに託されたのでしょう。
今思えば、その団体へ参加するきっかけとなった講演会が
あるという日まで、いままで経験したことがないような
ワクワクした気持ちがずっと続いていました。
その団体は霧散してしまいましたが、その団体のおかげで
ご縁ができた飯島さんとその後22年間もご縁をいただいて、
こうして今もワクワクする気持ちで毎日が送れています。
結局そのワクワク感のわけは、飯島さんとの今生での
出会いだったのだと、今の確信です。
「人に付くのでなくて、真理を生きなさい。」
飯島さんの声が聞こえる気がします。
飯島さん、ありがとう。
会えて嬉しかったよ。
古代からのささやき
2006年6月6日以来 時計が止まってしまったかのような時間をすごした気がする。
この7年の間にしかし 世の中は物凄い変化をしている。
恐慌とも呼べるような今という時間にも 次々とたくさんのご縁をいただいた。昨日は 三重県で牧場を営む Mさんのメールに共通する意識を感じさせていただいた。
マナ・ウオーターを水道に着けて以来、毎日の洗濯が、愉しい日課となりました。子どもの頃には、台所はみがき砂、風呂や洗濯は固形石鹸でしたが、それでも、「水だけ」ということはなく、六十歳になって初めて「水だけ」の体験をしたのですから、それはそれは愉しいのです。
正確に言えば、それは愉しいというだけではなく、「嬉しい」のです。
迷い多き若い頃に、ふと気がついた判断基準の感情は、「いま、やろうとしている事が嬉しいかどうか」でした。正しいか否かという思考ではなく、感情こそ頼りにすべき唯一のものだと信じたのでした。ですから、もう一度正確に言いなおせば、「洗濯が嬉しい」のです。とてもまじめな方で 神道に傾注しコトタマの学びにも深い造詣をお持ちなのだ。
彼の牧場の馬たちが 彼の生き様を現していると感じる。
テネモス通信 VOL.38
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「出したものがかえる」が自然の法則です。
自然は汚れを出さない永久循環のしくみです。
弊社の商品は、自然をお手本にし、自然のしくみを応用しています。
バンブー等の商品をとおして「汚さない運動」を提唱し、
洗濯や炊事、掃除など日常生活で当たり前におこなっている
中で、汚れを出さない方法を提案しています。
~テネモス通信は毎週水曜に発行します~
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人間が生きていく上で最低限、必要なものは、安全な水と食べ物と
住むところです。これさえあれば、なんとかやっていけます。
しかし、現状は、家を失った難民があふれ、
さらに増えつつあります。
食べ物を大量生産するための農薬や化学肥料の使用は、
使用し続けることにより、土地から要素(エネルギー)が失われ、
連作障害がおこります。
連作障害がおこると、化学肥料を大量使用します。
肥料の大量使用は、環境汚染につながります。
世界中の川や湖、海の汚染、富栄養化の問題が深刻化しています。
自然のバランスが崩れると、バランスをとるために、虫が発生します。
虫は必要として出ていますが、それを害虫と呼び、
殺すために、多量の農薬が使用されます。
高毒性の農薬は中毒の原因にもなり、残留農薬の長期に
わたる摂取は健康に害を及ぼす可能性もあります。
世界中でおきている現象です。
汚れが出ると、自然界は台風や地震などの現象で大掃除をします。
それを人間は天災と呼びます。
天災は、自分たちが出した原因の結果です。
もう、待ったなしの状態です。
私たちにできることはなんでしょうか。
まず、汚れを出さないことです。
ほとんどの人が当たり前のように合成洗剤を使って
体や髪や衣類を洗ったり掃除をしていますが、
自分が出した排水を飲めますか?
もちろん飲む必要はありませんが、自分が飲めないものを
毎日平気で垂れすことはことはもうやめませんか?
せめて洗剤を減らしてみたり、手洗いしてみたり一手間
かけて汚れを出さない工夫をしてみませんか。
私たちは殺人を非難します。
しかし、そのような排水を流すことは、
人間より弱い自然界の魚や排水管や自
然界に住む微生物たちを毎日殺しているのと同じではないですか?
次に安全な食べ物を自ら選択することです。
まじめに、安全な食べ物を作ろうとしている農家の方々は
今、大変な思いで作っています。
安全な食べ物が人間の基本であれば、安全な食べ物を
作る農家も基本ということです。
ニュースであるフランスの農家の方が言っていました。
農産物の価格は下がり、無償で働いているようなものだそうです。
国は自分たちのような生産者を守ろうとしないと。
国を変えることはできません。
私たち一人一人が変わることです。
安いからでなくて、買う前に、なんでこんなに安いんだろう?と
疑問に思うことが大事と思います。
味噌や醤油なども、本物を作るのには手間もお金もかかります。
ナチュラルな意識の人が作ったものを、適正な価格で買うことです。
意識は原因です。疑問に思う人が増えると、集合意識が変わり、現象も
変わってきます。自分が出したお金が必要なところに回っているか?
そう考えてお金を使うだけでちゃんとしたところにお金がまわり、
正常なサイクルに変化していくのではないでしょうか。
また、何かあっても国が守ってくれると思わないほうがよいです。
国は国民を税金を納める奴隷としか見ていないのではないでしょうか。
国は法律という基準やルールに基づいているわけですが、
基準やルールを決めることにどれだけ税金が使われているか。
そして基準やルールを守るための組織にどれだけの税金が使われているか。
基準やルール以上の想定外の出来事がおこったときに、どれだけの税金が
使われているか。
最低限の基準やルールはもちろん必要です。
ニュースなどもただぼーっと見るだけでなく、原因に意識を向けながら
なんかおかしいんじゃないか?と疑問に感じながら見る人が増えれば、
集合意識がかわるので結果が変わってきます。
原因に意識を向ける人が増えれば増えるこそ、天災はおさえられます。
いくら訓練をしたり、物理的に堤防を作っても、天災を防ぐことはできません。
天災の目的は、掃除です。
物理的な掃除はもちろんですが、汚れを作った人間の誤った心(意識)を
正しくするのが目的です。
弊社の商品は、自然のしくみを応用した商品です。
開発者飯島秀行が、物質として形に残してくれた宝物です。
自然のしくみってどういうことなんだろう?と自然の法則に興味を持ち、
一人でも多くの人が意識を動かしてくれればと思います。
自然のしくみを理解しようとする心こそが、自分の身を守る一番の
近道と思います。
岩魚 有機物の発酵が進んで・・・・
今朝湧水部分にエアーを追加して3日目です。
水槽内の有機発酵が進んで泡がいっぱいです。
すこし休憩で、湧水部分のエアーを止めて、
水槽のマナエアーシステムを2/3から1に戻しました。
水は濁っていますが、匂いは弱くなっています。
水温は16℃までになりました。
バンブーの不思議
上の写真はどこにでもありますガス湯沸かし器の
スイッチ版です。
このスイッチ版の具合があまりよくなくて、
家内もおばあちゃんも「入らない、入らない。」と
ぼやく状態でした。
スイッチを押しても何度も押したり、長く押したりしないと
入らないしまたスイッチがきれないのです。
「もう交換せなイカンね。」
という状況でした。
そこでテネモスミーティングのときに名古屋のH女史が
ちょっといいにくそうに話してみえたことを思い出しました。
彼女のケイタイ電話の充電器の具合がよくなくて、
ちっとも充電できないので、そろそろ新しいものに
替えなければと思っていたところ、バンブーを
思い出しました。
それでもしかしてプラスティックでもいいかもしれないと
思い、試しましたら見事に蘇ったようなのです。
でもほんとうに生体の野菜とか肉とか米とかは
はっきりとものすごい変化があるのでしたが、
まさかのことで偶然かもしれないと半信半疑だったようです。
それでこちらも「なんでもやってみる。」テネモス流。
ということで写真のスイッチ版を上にスライドさせて
はずし、ビニールの袋の中に入れてバンブーしてみました。
一応三時間です。
そしたら結果は?
完全にではないのですが、明らかに以前とは違って
スイッチの反応が早いのです。
不思議なことに蘇ってしまいました。
スイッチ版の中身はIC回路の複雑な板でした。
まさに生体ではないのですが、プラスティックにも
生命があるのだとやっぱりの確信でした。
また笑っているかな。?
岩魚 129日目 4ヶ月が過ぎました。
今日は春三月、気温18℃そして水温は13.2℃です。
エサをやりに水槽に行きましたら、
すこし匂いがきついです。
ですからエサのあと、水槽内浄化のエアシステムのエアーを
2/3に減らし、エネルギー吸引の湧水部分にマナエアーを
一本追加して下のようにしています。
エアーは散気管でしています。
水温が23℃以上になりますと、通常は水の溶存酸素濃度が
おちて岩魚が棲みにくい状態になります。
過去の実験ではそのとおりになりました。
でもそのときはエサ付けに不成功であったので、
岩魚の希望を奪っていました。
今回は23℃をこえても岩魚は生きるかもしれない。
水温による溶存酸素量か、はたまた水温が高くても
水の状態がエネルギーに満ちていれば大丈夫なのか。
その結果が出る4月が近づいてきます。
飯島さんがきっと笑っています。