「赦しでさえも終着点ではない。赦しは麗しさを
もたらすが、創造しない。それは癒しの源ではあるが、
愛の源ではなく、愛の使者である。」
自分と兄弟を赦しても、また赦しても
それは麗しさを感じるだけであって、
決して創造はできないようですね。
だから癒しの源を感じはしますが、
愛の源を感じることは出来ずにいて、
赦しはただ愛の使者とはなる様です。

再生大和 霞の中にて活動する
「赦しでさえも終着点ではない。赦しは麗しさを
もたらすが、創造しない。それは癒しの源ではあるが、
愛の源ではなく、愛の使者である。」
自分と兄弟を赦しても、また赦しても
それは麗しさを感じるだけであって、
決して創造はできないようですね。
だから癒しの源を感じはしますが、
愛の源を感じることは出来ずにいて、
赦しはただ愛の使者とはなる様です。
「学びが終わるのは、愛ではないすべてのものを
あなたが認識したときである」
愛ではないすべてのものを認識したとき。?
それではすべては愛であると魂の底から、
そしてそのことさえも感ずることがなくなるとき。?
見るもの、聞くものすべては愛と。
そうですよね、愛って学ぶようなものでなくて
もともと愛ですね。
“再録 奇跡の道 その69~学びが終わるのは、愛ではないすべてのものを・・・” の続きを読む
「肉体は赦すことはできない」
そうですね。
肉体は決心できませんね。
あたりまえですが。
すべては人間の最大の能力である
自由な心で決めるんですよね。
そしてだれでもが持っている自由な心。
“再録 奇跡の道 その70~肉体は赦すことはできない” の続きを読む
「死に対する恐れがなければ、あなたには何が
見えるのだろうか。もし死があなたにとって魅力を
もたないものだったなら、
あなたは何を感じ、何を考えるのだろうか」
「肉体を通して楽しみを求めるなら、苦痛を
見出さずには済まない。肉体とは苦痛への招待」
おいしい食べ物、おいしいですよね。
快楽。快楽ですよね。
でもその果てに待っているのは苦痛ですと。
“再録 奇跡の道 その72~肉体を通して楽しみを・・” の続きを読む

「愛は愛だけに引き寄せられる」
愛は何の偏りもないので、偏りのない愛だけに
引き寄せられるのでしょうか。
また感謝も誰かに対する相手のある人間的な感謝でなく、
大いなるものに対する全的な感謝も同じかも知れません。
“再録 奇跡の道 その73~愛は愛だけに引き寄せられる” の続きを読む
このシリーズも73回目を終えています。
今まで使わせていただいた用語について、
すこし書かせていただきます。
よく使う言葉ですが、日本語ですので今まで通りに
意味を受け取りますと、すこし違和感があるかも
知れません。
そのため「奇跡のコース」での用語を
説明させてください。
「あなたが見ている世界は、あなたが自分に
下した裁きに他ならない。それはまったく
そこには存在しない」
世界は存在しない。?
そうだとしたら、その幻想という世界は
なにゆえ幻想としてでも見えるのでしょう。
それは心の影。?
“再録 奇跡の道 その75~あなたが見ている世界は・・” の続きを読む