月と金星

1月1日 珍しく午前4時30分に目覚めた。
お風呂を暖め きれいにいちおうして
北の白龍神社さんに 参拝した。
先客はおひとり。
お札さんをと想ったけれど しまっていた。
帰宅して もう一度眠った。
午前9時30分 神明さんの元旦祭に出むいた。
直来では 末席に座った。
とにかく 私より15-20年くらいの先輩ばかり。
お隣の方から 体の不調を聞いた。
知っている限りの知恵をお話させていただいた。
一生懸命メモを取って見えた。
素晴らしいお天気だ。
夕方 5時45分。
ベランダから南西の空を見る。
金星とお月さんが一直線に見える。
お正月の 清らかな空に 鮮やかな星。
私は何だろう。
お父さん お父さんと叫んでいる声がする。
命が 涙を流す。
私は何だろう。
今年の始まり・・・・・。

暮れ行く年に

ねずみの年から うしへと移り変わろうとしています。
一巡の年の 5回を生かせて頂いて ありがたさでいっぱいです。
ここ数年の 修行の激しさに 試されているとは
想いながらも くじけそうになる心を必死に立て直していた
自分の心を見つめています。
暮れの素晴らしい新しいであいに
光明を見ました。
それとともに いよいよの準備がなされているような
感じを受けています。
平和と善政の鳥鳳凰は 世界中の人々の前に
姿を現すのでしょうか。
私達の意識の集合が あらわす現実の状況を
呼びます。
まさしく夜明けが きっと来ます。
「一人一信仰」 坂田先生の金切り声が 久々に
脳裏にこだまして 外に惑わされない 自立の道を
促しています。
有縁無縁のいのちの全てが 黄金のごとく
輝きますように 切に祈る ねずみのとしの暮れです。

ある決断

今 イスタンブールでの16年前のできごとを思い出している。
私たち ある鋼板メーカー主催の親睦海外旅行の
トルコーエジプトの旅の途中のできごとだった。
余裕の時代であった。
午後7時 イスタンブール発カイロ行きの搭乗アナウンスを
待っていたが なかなかにない。
遅れるのは 普通のことと諦めて 空港内のあちらこちらを
ウオッチングする。
出発予定時刻から2時間ほど過ぎた頃 ツアーコンダクターの男性が
しきりに30名を越える 仲間の旅行客の思い思いの居場所に
出むいて 説明を始めていた。
飛行機はどうやら 出発時刻を過ぎても出発しないで
チェックをしているらしいのだけれど その詳細は
伝えられていないとのこと。
しかたがないので 残された 日本 ヨーロッパ エジプト
韓国の旅行客は それぞれの時間を過ごした。
6時間を過ぎた頃 搭乗口で閉じられたドアを蹴飛ばす音。
韓国のツアコンさんだ。 なんだか激しい口調で 係りの人に
食ってかかっている。
そして 頭が沸騰するかのように 何度も搭乗口のドアを
蹴飛ばしている。
他の国の人々は? 欧米人は 知らぬ顔で本を読んでいるか
眠っている。 エジプト人は? 全てのことは 天の思し召しどうりか(笑)
無関心。 日本人は 集まって 誰を交渉の代表にするか話し合っている。(笑)
結局 7時間遅れても 出発できず その理由は左後部のドアが閉まらないという
 しまらない話だった。
結局 翌日の同時刻に 24時間遅れで カイロに出発する
便を用意するといううことで 一行は航空機会社手配の
ホテルに一泊となった。
時刻はすでに午前2時となっていた。
近くのホテルには バスで15分後くらいに着いた。
各自 部屋に納まり シャワーを浴びて 終身は午前4時ごろ。
うつうつと眠ったと想ったら コーランの声が町中に響き
すぐにおきた 7時だっただろうか。
3時間睡眠。
それから朝食後 一行全員は ホテル一階ロビーの
片隅に集合した。
一行のリーダー(主催会社の社長さん)が すこし高くした
壇上にのって 皆さんに問いかけた。
「昨日は大変にご迷惑をおかけし お詫び申し上げます。
本日は 昨日と同じ時刻に 修理が済んだ同じ飛行機で
カイロに向かう予定です。
仮にカイロに飛ぶことになっても 今回の旅のメインである
るルクソールへの旅は 行くことができません。
カイロでの ピラミッド見学だけになります。
さて皆様にご相談です。
本日一日遅れで カイロに同じ飛行機で発つか
それとも カイロ行きを中止して このトルコで別の日程を
急遽考えて 実行するか そのことを皆様にご相談したい。
いかがでしょうか・・・・。」
いつもすこしファンキーで とてもこのような重要な話を
まじめに 毅然とした態度で話すことができるイメージがない
お若い社長さんだったと想っていたのに・・・。
見事な 態度だった。
さまざまな意見が お客様である旅人から出ていた。
「怖いから エジプトはもういいからやめよう。」
「せっかくここまできたのだから ピラミッドが観たい!」
「みんなの したいようでいいです。」
さまざまな 意見を様々に聞いた 社長さんは言った。
「わかりました。 みなさんにはさまざまなご意見を
いただきました。 ここで行くか行かないかのふたつに
決めることはできません。 ここは私の決断にお任せ
いただけるでしょうか。」
どちらかとも 決めることができないさまざまな群衆は
「それでいいよ! 任せた!」
と口々に叫んだ。
「それでは最終的な決断を申し上げます。
本日夜に エジプトに向けて出発させていただきます。
みなさんのご協力をお願いいたします。」
短いが 立派な決断だった。
エジプトを最後に私達の旅は無事終了した。
故障したその同じ飛行機が カイロに無事にランディングした
瞬間には 機内の全ての国の人々が 大拍手だった。
特に韓国の人々のそれが激しかったようだ。(笑)
帰国して 数ヵ月後 新聞で ルクソールでのテロ乱射事件で
日本の新婚さんが亡くなったことを知った。
なんだか自分たちのことのように ゾッとしたことを想い出す。
人生の中での 予期せぬ出来事があったとき
自分なら どのような決断をくだすのだろうか。
あの日の あのときの あの人物の姿と声を
今も思い出す。
なにせあの旅の というより 全ての旅のうちで 強烈な
印象を残した 出来事はそんなにはないのだから。
ただ 時代は過ぎ去り その会社は 今はもうない。

波による現象

「なぜなら過去も未来も一点に畳み込まれているものを、
平面で現すこと自体が無理なのです。」・・・法則の伝え
「目に見えない いろいろな多次元の世界からの干渉と
 現実界の生き物の意識が同調して 現実界の世界が
進んでいきます。現実界に現れなかった世界も 
同時に多数存在していました。」・・・伊勢 白山道
まさにマトリックス。
「結局は すべてあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは
一度もなかったのです。」 マザーテレサ・・・伊勢 白山道から
誰もいないことを 知っていたのでしょうか マザーは。 

崩れ去るもの

それぞれのお人のもつ 価値観が崩れていくのだろうか。
ある人は名誉 ある人は美 ある人は財宝
ある人はマネー ある人は人気 ある人は平等
ある人は正義 ある人は支配 ある人は・・・・・。
その最後の聖戦のような それぞれの地で
行う最後の自分の価値観との戦い。
もしくは 意識する間もなく流されていくのかもわからない。
そして流れたあとの その絶望のあとに
新たなる希望がつかめるのか またはそのまま再びの
自己への戦いに挑むのかは さまざまなお人の
選択によるのだろうか。
ずいぶん以前に とっくに捨てたと思った価値観が
人間の生存のためにか 蘇る。
そして幾度もの 大波の揺り返しにあうかのように
お人の心も揺れるのだ。
何故 生かされているのだろうか。
私たちは・・・・・。

壮大ないのちのドラマ

世の中の毎日の変化が 映画に行く必要もないほどの
感動や ふるえや 楽しみを与えてくれる。
お金の世界や 食べ物の薬物のこと 物の生産や
医療のこと。 教育のことや政治行政のこと。
事業者の集約化や 事業の売却のこと。
宇宙のお話や 陰謀や 科学技術の革新。
戦争 宗教 対立。
そしてなにより いのちのかがやき。
ある日 ある駐車場で 車の右前タイヤのすぐそばを
7~8センチの何かの幼虫が じりじりと這っていた。
そのまま車を動かすと まちがいなくつぶれるので
移動させなくてはと 車内にあったきのういただいた
たこやき用の長い串を二本 駆使した。(笑)
幼虫を近くの土のあるところへ 移動して安心。
それから家へ戻る。
家の近くで信号待ち。
20メートルほど離れたところの
100円パーキングの車の出入り口で
ああ あの鳩の子どもが・・・・。
私は老眼 最近は乱視も入って 遠くもぼんやり。
でも ああ・・・あれはとわかってしまった。
昨日家の前の巣から落ちて ウロウロしていたのを
抱えて 巣まで戻したのだけれど。
まだその時のぬくもりが手にある。
血を内臓をなんとも思わぬ気丈な家内。
おろおろ悲しい私。
冷たく無残に破壊された ペシャンコのあの
子どもを紙に包んで 街路樹の根元の土に埋める。
きのう確かにあの子の ぬくもりをこの手で
感じたのだから 死はとてもリアルだ。
ひとつ助け ひとつ葬る。
今日あることを ありがたいと思う。
そして なるべく大切にしたいとも思うのだ。

山車の若衆

町内の祭りが 土曜日
そして名古屋まつりの山車巡行が日曜日にあった。
土曜日は 午前中に町内を 山車が練り歩き
午後も同じ。そして夜には 提灯に灯が入り
夜祭に 神明社という神社に3台の
山車が終結する。
日曜日は 朝の7時から 午後1時の山車庫への
帰還までの時間をほとんど 歩き続ける。
名古屋まつり行列のトップを飾る
山車巡行がその行事。
そして帰ってから 山車やからくり人形の
片付けがあって お開きの食事会で解散する。
山車を二日間担いだ 若い人がつぶやいた。
「名古屋まつりは 戻ってからがっくりするね。
地元の祭りは そんなことなくて 快い疲労感なのに。」
ただ歩いて 多くの観衆の見世物のように
なるだけの 名古屋まつりと
地元を練り歩き 一年のご無沙汰を町の
さまざまな人々と わかちあう地まつりの
差が そう感じさせるのだろうか。
みんなが どんな役も替われないで
さまざまに 役割分担をするおまつり。
それぞれに 讃えあい 敬いあって
まつりは終了する。
何の見返りもなく ただの集いの喜びと
文化の継承の誇りだけが残されるだけなのに。
人々は 毎年集い 毎年別れてゆく。
今年のその秋も 終わった。