おそれ

おそれがあることや欲望があることは
自分を肉体だと思っているから。

2歳までのあかちゃんはどうでしょう。
やりたい放題で、親が見ていてあぶないと
思うと叱ったり取り上げたり排除したり。

あかちゃんはもちろん危ないとは思っていない。
だからするのでしょう。
それどころか危ないという認識がない。
ということは自分というものができていないのでしょうか。

でもなぜか大人が手を差し伸べると、引く人や
すぐ抱かれる人を選別します。
何故。?

あかちゃんにはわかるのでしょうか。
分離感のある人と少ない人が。

自分におそれがある人、そして欲望がある人は
もしかして分離感が強い人。?

でも7歳までに、これはこう、あれはこうと
様々な知恵がついて次第に個が出来上がってきます。

だから「7歳まで子を預けてもらったら
完璧に仕上げます」とある宗教界の弁。

それほどまでに固まってしまう思考というもの。

分離感をかぶって歩く大人たち。
これは自分の物。
あれは他人の物。

自分の物ってあるんでしょうか。

他人のためにって
自分のためにかも。

だって自他一体。
一体全体。
元一つ。

あなたは私ですから。

大変革の10年の始まり・・

皆さまへ

いつも伊路波村や伊路波いちばをご訪問下さいまして
ありがとうございます。

一応本日の両ブログの交流記事を持ちまして
半年に及んだ毎日の掲載を終了とさせていただきます。

今後は心に湧き上がるままに、つぶやかせていただきます。
またご興味がございましたら、ご訪問ください。

なお現実の伊路波村では引き続きまして、
テネモスミーティング、冠之会、読書会を
継続開催させていただいております。

             山田 將貴 

「大変革の10年の始まり・・」

令和元年の12月から狂ったように
しなければ・・という感覚が湧き上がりました。
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家 族

昨夜は地域のおまつりの行事についての
相談の集いがあった。
神社の社務所での集い。

山車に携わるお世話役の方々が11名ほど。

同日に名古屋まつりの中止の記事が新聞掲載された。
話題はお祭りをするかしないかだが、
それよりも今のコロナについての話題が満載。

相当の不安がみなさんから漂う。
「こわい」という恐れがみなぎる。
早くワクチンができれば安心だと、口々に・・・。

会が終了して、お一人が持っている消毒用の
ジェルをみなさんにやさしい気配りをされる。

長老のお一人が「おれはいい」とやんわりお断り。
「俺は存在がすでにばい菌だから」とジョークで切り返す。(笑)
ずっとマスクをつけたことがないと・・・。

長老は大人物だなと、改めて感心しきり。

若夫婦の家族。
子供は二人,まだ幼い。
幼い子供の体や将来を思い、
お嫁さんは懸命に今の真実をさぐる。

旦那さんは会社という組織で一人でもコロナ患者が
出ることを極端に恐れる。
お嫁さんは子供にワクチンは絶対にダメと、
あらゆる情報からそのように判断していて、
譲らない。

当然に二人は相反する意見となり、
互いに言い合うことになる。

旦那さんが言う

「もし会社の命令で家族や関係する人が
全員ワクチンを打たなければならないと
命令が来たら・・・俺は会社をやめるから。・・」

家族は絆が生命だ。

随想 伊路波村から11~代表選手

誰でもが三千世界の代表選手なんですから、
なるべくいのちが沸き立つような毎日が
望ましいですね。

からだもこころもいのちも、みんなみんな
よろこんでいる状態の継続。

生まれさせていただいたほんとうの理由から、
遠くにいればいるだけ、
世の中でいう苦難困難が激しいと聞きました。

不安は怒りのもとですか。?

怒りがだめと感じたら、
不安を消しましょう。

不安は執着だから、
執着を消すということでしょうか。

だけれども手ごわい執着は
現実世界ではいっぱいあって、
てぐすね引いて待ってます。(笑)

どこから消せますか。?

名誉、財、嫉妬、本能・・・・?

自らに語りかける月曜日。

随想 伊路波村から12~戦争

きっと戦争なんて永久になくならない。

そんなふうに思いはするけれど、
戦争の体験に接する時、
人間のあまりにも深い業に
人類の悲しさを見てしまう。

映画「夕凪の街 桜の国」を観た。

ひとつの映画の中にふたつの時代がある、
戦中世代と戦後世代。

親父が戦争を語ることはない。
どこの親でもそうであるように、
何故か戦争を語らない。

まるで人間をあきらめているかのよう。
変な言い方だけれど。

最終のできごと、広島と長崎での。
そのことはこの8月、毎年人々の
記憶を呼び覚ます。

落としたアメリカは日本での原爆の
犠牲者の倍の人々が放射能の犠牲に
なったと聞く。

被害、加害の不思議。

長い間広島に行く機会がなくて、
初めて原爆記念館を訪ねたのは
8年ほど前になるだろうか。

不思議に静かな広島の街。
街を流れる川。

とても長い時間を館内ですごすことは
できなかったのを覚えている。

その後、広島の人たちと縁が繋がった。
物凄い情景、物凄い体験は
人間をそれだけ強くするものなのだろうか。

広島の人たちに、大きな愛と、寛容を見る。
そして同時に強さを。

子供達にも見てもらいたい「夕凪の街 桜の国」。
桜の国。
散っては、根の養分となって重ねていく歴史。

いさぎよい桜。
武士。
特攻。

まだ続くのか、人類の業。

まだ続けるのか支配、被支配。

真実を知るときがきているのだろうか。