神の使者から奇跡の道へ その122~「心霊的」能力は望ましいことであるか

「(心霊的)能力は望ましいことであるか」

誰にでも自分で自覚していない数多くの能力が
備わっていることは感じていますね。

ですが自分にできることのどれをとっても、
自分自身がほんとうに誰であるかを
思い出すときの栄光に満ちた驚きに、
わずかでも比べられるものはありません。
“神の使者から奇跡の道へ その122~「心霊的」能力は望ましいことであるか” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その123~死とは何か

「死とは何か」

死とは、すべての幻想を派生させる中心的な夢。

死は夢そのものなんですね。
生まれてから年をとり、活力を失って最後には
死んでいくもの。?

生命(いのち)だと考えるのは狂気なんでしょうか。
“神の使者から奇跡の道へ その123~死とは何か” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その124~復活とは何か

「復活とは何か」

復活とは死を打ち負かすこと、または克服すること。

再覚醒あるいは再生ともいえますね。
また世界の意味について心を変えることとも。

復活とは生命(いのち)の肯定で、死の否定。
この世界のすべての思考が全面的に逆転します。
“神の使者から奇跡の道へ その124~復活とは何か” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その125~神の使者であるあなたは、成し遂げる者にちがいない

「神の使者であるあなたは、成し遂げる者にちがいない」

「わたしは自分だけでは何一つできない」
ということが、実はすべての力を手に入れることでしょうか。

ここにいたって、彼が決断することにはまったく
攻撃性がないので、すべての者たちに恩恵をもたらします。
“神の使者から奇跡の道へ その125~神の使者であるあなたは、成し遂げる者にちがいない” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その126~与えることがもっている証拠・・・

「与えることがもっている証拠。
救済者とは救済を与える者に他ならない。」

もっているものしか与えられませんね。
誰もが救済者になれるので、誰もがもっているものを
与えて、救済者となれますね。
“神の使者から奇跡の道へ その126~与えることがもっている証拠・・・” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その127~ あとがき

奇跡のコースの三冊の本は自主学習の本です。

そのどの本から読み始めることも自由です。
また異なる本に途中で注目することも自由です。
後ろから読んでも、初めからでも、中からでも
なんでも自由です。

もともと言葉には限界があります。
“神の使者から奇跡の道へ その127~ あとがき” の続きを読む

神の使者から奇跡の道へ その129~智識

あなたの見ている世界は、世界のように見える
幻想ですね。神は永遠なるものを創造したのですから。
この世界は永遠ではありえず、常に変化するものです。

そして肉体の眼は実相世界(真実の世界)を見ることは
できないようです。

赦し、救済、贖罪、真の知覚などは一つの始まりに
すぎません。虚無から生じた世界が虚無の中へと
舞い戻るとき、時間も永久に終わりを告げます。

赦しは肉体を見ないので、分離は不可能だと証明します。