「ユダヤ人の宣戦布告」 奥の院通信 R3 5/14

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第二次世界大戦が始まると、ユダヤ人を取り巻く環境は激変した。これは全く知られておらず、今では語られることもないが、ユダヤ人の世界は、自らを第二次世界大戦の交戦団体(当事国)であると宣言したのである。国ではないが、交戦団体であると宣言した。ここで、ドイツは国内に敵を抱えたのである。

 交戦当事国と宣言すれば、これを理由に国際法的には、ドイツ人はユダヤ民族を敵対勢力として拘留する充分な根拠を得たことになる。1939年9月1日にヒットラーのポーランド侵攻によって第二次世界大戦は始まったが、その2ヶ月後の11月5日、シオニスト運動(ユダヤ人)の指導者チャイム・ワイツマンが、全世界のユダヤ人を代表してドイツに宣戦布告をし、「ユダヤ人は大英帝国側に立つのであり、民主主義の側で戦闘する。ユダヤ人の機関は、ユダヤ人の人力、技術的能力、資源などを利用すべく、直ちに用意を調える体制にある。」と明言した(『ユダヤ年鑑』1939年9月8日)。

 こうして、全てのユダヤ人は、ドイツに戦争する当事者であると宣言したのである。戦争当事国であると宣言したのである。その結果として、ヒムラーとハイドリッヒは、ユダヤ人の拘束政策を具体的に開始しなければならなくなった。敵対勢力と宣言した準国家に対しては当然の義務となる。

 1941年12月の真珠湾攻撃以降、アメリカ合衆国とカナダがドイツの同盟国として、日本人の血を引く市民全員を拘禁して収容所に入れた。当然のこととして、同じことをドイツはしただけであった。しかも、これら日本人の場合、アメリカ国民であり、アメリカ市民で、アメリカに対して不忠誠を誓ってはおらず、ワイツマンが出したような敵対宣言なども一切していなかった。

 また、1898年のボーア戦争では、イギリスは南アの全てのボーア人を、女性子供を含め全員拘留した。しかし、イギリス人がボーア人を殲滅したいと望んだと言う告発など、どこからも出ていない。

 ドイツの側から見れば、ヨーロッパの占領地域でのユダヤ人を拘留することで、その地域の社会的不安や国家転覆騒動を防止することが出来た。

 ヒムラーは1942年10月、ムッソリーニに「ドイツのユダヤ人に対する政策は、戦争が始まって以来、根本的に変化しましたが、これはドイツの軍事的安全を確保するためです。」と報告している。

 また彼は、「ドイツ占領地域にいるユダヤ人は、パルチザン戦争(民間人を装って行うテロ行為)やスパイ行為を行っています」とも報告している。そして、このユダヤ人の破壊活動は、ソ連の公式情報によっても確認できる。ユーゴスラビアでは35000人ものユダヤ人が、チトーの指導の下、パルチザン戦争を行っているといっている。

 このようなパルチザン戦争を戦っているのであるから、結果として、ユダヤ人は交流キャンプに移送されたのである。それらのキャンプは、ドイツ本土にあり、ドイツが占領した後の1942年3月以後は、ポーランドにもあった。

 ユダヤ人は第二次世界大戦が始まった直後に、正式にドイツに宣戦布告していたのであり、ユダヤ人はドイツにとっては敵国であった。ただ、彼らは国を持たなかったので、敵国としての姿を見せていなかっただけのことであり、ある意味ではドイツにとっては更に危険な存在でもあった。だから、当然のことながら、彼らは隔離されただけのことである。

 ドイツの敵国はイギリス、フランス、ソ連、後にアメリカなどとなるが、本質はユダヤを中心とした奥の院・ディープステート(DSら)であった。日本の対戦相手も同じく、本当の敵はDSらであった。このことに気付いている人は少ない。いつの時代も、どこででも戦争を起こすのはDSらである。今も彼らは、先のアメリカ大統領選挙を切っ掛に、アメリカを中心として、世界中で「奇妙な戦争」を引き起こしている 

 今回は、まだ目には見えない戦争であるが、そのまま終わるか、目に見える形の戦争になるかはまだ分からない。しかも、一般には分からない形で終わるかも知れない。またしても、非ユダヤ人のユダヤ人に対する抵抗戦争である。目には見えなくても、その結果を見れば世界が全く変わった姿になるので、直ぐに分かるはずである。勝敗は既に分かっている。