再録 奇跡の道 その22~あなたを癒せるのは自分自身だけ

「あなたを癒せるのは自分自身だけ」

人は肉体が不調になると、マッサージとか
ヒーリングとか受けて気分爽快になりますね。

肉体が不調になるのは何故でしょうか。?

病気も同じですね。
病気になるのは何故でしょうか。?

精神を病む人もいます。
何故。?
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再録 奇跡の道 その23~「最後の審判」とは・・

「最後の審判」とは「最後の癒し」

こわー~~い。
「最後の審判」と聞きますと、人間として
全くダメなことばっかりしている自分なんて、
大掃除されるんだろうかと思っちゃいますね。(笑)

ですけど本来この世に善悪なんてないと
説かれていて、善悪を判断するのはこの世的な
裁きの世界観ですね。
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再録 奇跡の道 その24~赦しは幻想の世界では・・

「赦しは幻想の世界では唯一真実と繋がるもの」

世界が幻想だとは思えないならば
自我を手放していないことになりますね。
やっかいな自我ですので、この世界では
手放していない人はひとりもいないですね。

この世界では全員が「病気」と飯島さんも
おっしゃっています。
そのとおり。トホホです。
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再録 奇跡の道 その25~休息は眠ることでなく・・・

「休息は眠ることでなく、目覚めることからやってくる」

息をしていると、人間は一日3万くらいの
案件を決断しながら生かされているとか。

黙想する時でも、じゃんじゃんと想念が
湧き上がってきます。

これじゃ眠ることが休息と感じますね。
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再録 奇跡の道 その26~自分自身を愛のない存在として・・・

「自分自身を愛のない存在として見ることを
選ぶなら、あなたは幸せにならない」

「愛」というとなんか恥ずかし。
大和の国の人たちにとっては「慈悲」のほうが
しっくりするかもしれません。
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ラマナ・マハルシの教え「私は誰か」 1

友人からいただいたラマナ・マハルシの「私は誰か」を
連載させていただきます。

故山尾三省さんによる翻訳小冊子からです。

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すべての生きものは、いつでも幸福である
ことを願い、悲惨ではないことを願っている。
私たちひとりひとりについて考えてみても、
そこに自己への至上の愛があることが
認められる。

その愛の源はただ一つ幸福である。
人間の自然性である幸福、意識のない
深い眠りの中で体験される幸福を
手に入れるためには、人は自己を
知らねばならない。

自己を知るためには、「私は誰か」という
問いで自己を尋ねる知識の道が、
最も重要な方法である。

1・私は誰でしょうか?
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再録 奇跡の道 その27~大切なのはパートナーが・・・

「大切なのはパートナーがほんとうは身体ではなく
キリストだという気づき」

特別な関係でもそれが幻想だとなると
本当かな。?ってなかなか信じられません。

感官はかなり手ごわいですね。
イエスだってちゃんと奥様がいらっしゃったのですから。
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再録 奇跡の道 その28~もし兄弟たちがあなたの一部であり・・・

「もし兄弟たちがあなたの一部であり、その彼らを
あなたが自分の剥奪感のゆえに責めるなら、
あなたは自分自身を責めることになる」

誰もすべての人を兄弟とは思えないかも
知れませんね。
誰をも非難しないどころか、一日の中で
何度他の人を裁いていることでしょう。
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