4157「青空ひろば」2026.2.3 自分で自分を自分するから

4157「青空ひろば」2026.2.3
 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。

1643 2026.01.01

<年頭挨拶>

明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。

重い病気を患って、もう神様から託された役目が果たせなくなるのかと思っていました。

しかし、新たな仲間もどんどん集まりつつあり、さらにメンバーが増える機運もひしひしと感じられるのです。

それで神様に『もしまだ地上でやるべき仕事があるのでしたら、元気にお役目を果たせるようにして下さい』と祈ったところ、いい先生に出会い、いいお薬にも出会うことが出来ました。

それにお仲間の皆さんも健康になってくださいと神仏にお参りして下さったり、お経を称えて下さったり、しっかりサポートして下さったこともあるのでしょう。お医者さんもびっくりされるほど、順調に回復にむかっています。

神様が『まだ、地上にやり残したことがあるので、その役目をしっかり果たしなさい』と後押しして下さっているように感じています。

歳が歳なので無理は出来ませんが、もうしばらくは皆さんと一緒に道を歩めそうでとても嬉しいです。

振り返れば45歳の時、伊勢の内宮さまへの参拝で天命を授かり、以来77歳の現在まで、主に<コトバの御用>を努めてきました。その御用の主要テーマは<日の理念を世に出す>ということだったんだなあということが、今にして分かります。

このお勤めは、ほぼ完成に近づいていて(未だに新しい発見が次々ありますが)、<日の理念>の基本構造はハッキリしてきました。

この後は、後継の皆さんが、その<日の理念>を「身(実)」にするという役割を引き継ぐことになります。私の役割を継ぐ仲間の皆さんは、<身の時代>を生きて、それぞれの役割を果たすことになるのです。

<日の理念>をおおざっぱにまとめておきましょう。これらの理念を皆さんは具体的な形にしてゆかねばならないのです。大変な役割ですが、身を入れ、身を尽くせば尽くすほど、実り豊かな人生が展開するということは保証します。

(A)すべての存在の平等性。

すべての存在が「ひと」なのです。

<日の理念>が降臨して個々の存在となりました。ですから、すべての存在が「日尊(ひと)」なのです。

どの人も動植物も、自然界の山や川や空気なども、すべて「日の理念」を3次元の世界に、<その存在でしか出来ない「日」の一面の輝き>を見事に表現しているので「日尊(ひと)」なのです。

「日の遺伝子」が、すべての存在に宿されていて(日入子=ひるこ)、それは「欠けら(部分)」として内蔵しているのではなく、「日の遺伝子」のそっくり全体がそのまま各存在にそれぞれ映されて(移されて)いるのです。ですから、すべての存在は平等に尊いのです。どれが上で貴い、どれが下で卑しいというようなことはありません。

(B)すべての存在の一体性。

「ひと」は、実は「ひとり」しかいません。また全体で「ひとつ」のイノチなのです。

自他の別があるかのように見えるのは、実は進化途上で必要だからと神様から与えられた錯覚なのです。

しかし、進化過程も進んできたので、そろそろそのような「錯覚メガネ」を外して、イノチの一体性を「直視」出来るようにならねばなりません。

(C)イノチの分業性。

一体のイノチですが、ごた混ぜではなくて、それぞれの全体のイノチ(日尊)のなかでの役割はハッキリ分かれています。

たとえば、人体というイノチには心臓もあり、肺臓もあり、胃や腸や頭脳や皮膚や筋肉や感覚器官などの役割もあって、その人が生きて学び、成長してゆけるように互いに協力しあって働いていますね。また、一つの臓器がダメージを受けた時は、全身の他の器官が総動員されて、その臓器を癒やそうとします。このような<分業と協調>が「一体のイノチ」の真の姿なのです。

地上世界のすべての存在が、それぞれが担当する役割を果たし、全体のイノチのために貢献しているのです。どのワンピースが欠けてもイノチは順調に育たなくなります。だから、どの存在が上で重い、どれが下で軽いなどということはないのです。

また、イノチの一体性が自覚出来るようになると、自分は自分に託された人生を精一杯生きればいいのであって、人と自分を比較する必要なんてないのだということがよく分かります。

<釈迦もイエスもみんな私>

AさんもB君も、実は君なんだから、AさんにできることはAさんに任せ、

B君にできることはB君に任せて、君は心置きなく『君』していればいいのだよ

(D)イノチの進化性。

イノチがその中心に宿しているのは、<どこまでも大きくなろう、高く伸びよう>という<成長本能>です。

この<成長本能>が発動して地球に降臨し、分離(多)の時代を経て、融合(一)の時代に進み、最後はまたもとの「一体のイノチ」に復帰するのです。スタートした時に比べればはるかに大きなイノチとなって…。

このイノチの進化の方向性を知って、その方向の流れに沿って行動すると、とても楽に、充実感をもって人生を歩んでゆくことができます(神流楽=かんながら)。

また、どんなことがあっても、最後は必ず「一体のイノチ」にゴールイン出来るのだと分かっていれば、寄り道したり、逆戻りしたように思えるときでも、あせることがなくなります。

要約すると、<日の理念>の構造は以上となります。

さて、この理念がどのような「身」に結実してゆくのか、仲間の皆さんがそれぞれどのような役割を果たしてゆくことになるのか、先がとても楽しみです。

まあ、あせらず、ぼちぼち進みましょう。かならずゴールイン出来るということは分かっているのですから。何年かかっても、何生かかっても問題はありません。<一生1ミリ前進>というぐらいでいいのです。

前を行くもの、後方(しりえ) のものも、みんなOK、みんなよし

先はながいぞ、あせるでないぞ、あせれば血が出る、迷子も出るぞ

あれもOK,これもよし、めでたい、めでたい、とうとい、とうとい

さあさ、みんなで手を取り合(お)うて連れもって行こか

ボチボチ行こか

以上は遠い未来を見据えてのお話しでしたが、今年はどんな年で、私たちがどのような点に気を付けてこの年を歩めばいいのかという近場のお話しも大切ですね。

第13話では、易の神様にお伺いを立てて2026年はどんな年で、どのような点に注意して歩んでゆけばいいのか、皆さんにお話しします。

また、第14話では、これまであまり取り上げなかった白隠禅師の生涯や『夜船閑話』という著作の解説などをお話ししておきたいと思います。

1642 2025.12.31

<法華経に説かれている未来の地球>

① 三千世界の仕切り(国境)が取り払われて一仏土(ひとついのち)になる。

② 平ら(平等の象徴)で温かい大地(すべての存在が許され、温かく抱かれる)。

③ 天界と娑婆世界は接近して(娑婆世界が進化して、天界と波動の差がほぼなくなった)、天人と人が互いに見合ったり、会話したりすることが容易になる。

④ 性別はなくなり、一切の生ある者は「化生(けきょう、突然空中に出現する)」という形で生まれる。

⑤ 体から光明を放ち、空中を飛ぶことも自在。

⑥ 他の命を断って食物とするということはなくなる。2種類の食事がある。

<法喜食(ほうきじき)>:優れた存在の教えを聞き、その繊細で、高次元な波動を食事とする。

<禅悦食(ぜんえつじき)>:禅定(坐禅)の喜びを食事とする。

1641 2025.12.29

<坐禅会運動について>

こんにちは、大敬です。

坐禅会運動に申請して下さる方が全国的な広がりをみせ、とても嬉しく思っています。有り難うございます。

このようにして誕生した各地の坐禅会が、次の時代に平和で、平等で、豊かな創造性に満ちた日本を築く堅固な土台(地上基地)に育ってゆくと思います。

コロナや戦争など、世界規模で様々な混乱が発生していますが、それはすべて旧体制の崩壊の過程で(混乱はこれでお終いにはなりません)、それに巻き込まれて一緒に大騒ぎしていてはいけません。

私たちの使命は、旧システムの<デストロイヤー(壊し役)>ではなく(そういう役割の人も必要なのですから、彼らが順調にその役割を果たすことが出来るように祈ってあげましょう)、次の時代にふさわしいシステムを構築してゆく<カーペンターズ(日の寄進役)>なのですから、私たちの出番がやってくるまで(破壊の後に建設が始まります)、イノチの実力をしっかり養うことに専念するべきなのです。

坐禅会運動は、新しい時代建設の大工さん養成のための運動です。

この運動によって、経済や芸術や教育や身心医療や宗教など、いろいろな分野ですぐれた技量を持った大工さんがたくさん輩出して来ると、まず日本が調和と平和、創造性に満ちた、繁栄発展の国に変貌してくるでしょう。そんな日本をお手本にして、世界も一気に変貌することになるでしょう。

私には、なぜかそんな先が見えるのです。

ですから、あせらず、くさらず、成果を求めず、ただ黙々と、淡々と坐禅を続けていってください。

人知れず、黙々と坐っているうちに、一人、二人と、一緒に坐りたいという人が現れ、やがてその地にしっかり根付いた坐禅会に育ってゆくでしょう。

根本精神は、「お日さまの仲間たち」の信条の4箇条です。

(1)明るくて、温かくて、潤いがある「安心できる場」を作ろう

(2)リーダーシップより「メンバーシップ」を大切にしよう

(3)「あなたがあなたであること」以上に尊いことはない、ということを知ろう

(4)菩薩としての自覚を持って、分に応じて「ダーナ行」を粘り強く実践してゆこう。他のために生きることの喜びを体験しよう。

これらの4箇条を忘れずに坐禅会を運営していって下さい