3202「与える喜び」2023.10.2  自分で自分を自分するから

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今回はいっぷくからのありがとうさんの2023年09月21日の記事を紹介します。

「与える喜び」

春日大社の元宮司、そして医師であった葉室頼昭さんによれば、

神さまは願いごとなどしなくても、ちゃんと叶えてくださる。

他の国で見られるように、必死になって自分の願いごとを祈っている姿とは異なり、

神道では、神さまを喜ばせる、感謝する、ということが祈りとなります。

こちらから頼まなければ、

神様はやってくれない・・・というのは、神さまを冒涜すること。

神さまというのは全部知っておられるんです。

だから、神さまを認め、喜んでいただいたら充分なんです。

そうしたら、神さまはこちらに出てきて、お恵みをくださる。

そう仰っています。

あちこちの有名どころの神社や仏閣に出向き、

・あれをしてください

・これをしてください

・あれもくれ

・これもくれ

とお願いするだけでは、

神様も辟易(へきえき--閉口すること。嫌になること。)とすることでしょう。

そのような人間の欲望渦巻くところでは、せっかく力のある神さまの光も、

その闇にさえぎられてしまうことでしょう。

色んな神様がいらっしゃいますが、この宇宙を創造し、維持し、破壊する創造の神様は

大本の神様であり、創造の源です。

レインボーチルドレンのそうた君の言葉で表せば、12次元にいらっしゃるそうです。

私たちの宇宙に住む、生命体が3次元存在、日本の有名な神々が8次元とのことで、

遥かに高い次元です。

創造の源の神様が喜ばれるのは、

・特殊な能力を持つことや

・優れた霊能を持つこと

・優れた過去世を持つこと

などではなく、やはり王道である、

・私たちの心を清く保つこと

・身近な周りの方々と、仲良く助け合って暮らすこと

そんな一見、平凡に見えることのようです。

それでは今日も、王道である

私たちの心を浄化し、神々へ近づくためのお話をご紹介します。

注意深く、周りを観察してみれば

どんな人にも自然や人を通じ、神さまはいたるところで、

その存在を教えてくださっています。

今日のテーマは「与える喜び」です。

私たちは、物でも、お金でも、優しさや、真心でも、

まず、自分から出すこと(与えること)が先です。

与えた時の心の状態が、宇宙の果てまで、見える世界、見えない世界を飛び回って

同じ波長のものを、仲間を連れて帰ってきます。

時々、「優しさや親切を人に与えると、損した気分になる」

そうおっしゃる方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。

神々のエネルギーは無尽蔵です。

与えることで、その何倍もの恩恵を私たちは受け取ります。

それでは、渡辺和子さんの言葉よりご紹介します。

<引用開始> 引用元

近頃、もらう喜びは知っていても、

その他の喜びをあまり味わっていない子どもが、増えているように思えてなりません。

その他の喜びとは、

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜びです。

マザー・テレサがこんな話をなさいました。

カルカッタの街に、八人の子を抱えてお腹を空かしている家族がいたので、

お弁当を作ってもって行ったところ、

その母親は押し戴いて喜んだ後、すぐどこかへ出て行きました。

やがて戻ってきた母親は、「実は隣の家族も、このところ食うや食わずの毎日だったので、

半分あげてきました」と言ったそうです。

マザーは、この話をしてから、

「貧しい人は偉大です。

飢えを経験した人には、他人の苦しみもわかるのです」と言われました。

本当の豊かさとは、このように、他人に与えるものをもっている心を指すのですね。

最近、自分でやり遂げる喜びを、子どもから奪っている過保護の親も増えているようです。

それは、子どもたちを愛しているように見えて、

実は彼らから、その成長に必要な自信と、自立の喜びを奪っているのです。

もらう喜びしか知らない子どもは、自分中心の世界で生きています。

どれほど多くのものを持っていても、その子の心は貧しいのです。

与える喜び、分ちあう喜び、

自分で何かをやり遂げた時の喜びをも味わわせることによって、

子どもの生活を本当に豊かなものにしてやりましょう。

<引用終了>

確かに、何か物や、お金をもらう喜びよりも

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜び

の方が、私たちの心を喜ばせてくれますね。

与えたほうも、頂いたほうも、笑顔、幸せになれます。

そこには、調和が生まれ、平和が訪れます。

どうせ与えるならモノではなく、

・感謝

・喜び

・笑顔

・いたわり

・優しさ

・思いやり

など、美しい心を与えて差し上げたいですね。

その心は、巡り巡って、必ず自分に帰ってきますから。

与えるものは、物質的なモノである必要はありません。

貧しかった良寛さんは、

「自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。

だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。

それならいくらでもあげることができるから」

良寛さんは、自分の口から出てくる言葉を

・あたたかい言葉

・やさしい言葉

・思いやりに満ちた言葉

にしたいと思って行動していたそうです。