ある道のり~社会人 人生の行方~

学生時代はなんということもない平凡で、
やさぐれみたいな学生でした。
受験勉強で燃え尽きた、完全劣等生です。

勉強がもともと得意ではありません。
授業をさぼって代返ばかり頼みました。
特に教養時代はすさまじく、家から学校へ
行くつもりが、途中に二軒のパチンコ屋さん、そして
最後に学校近くに麻雀荘があって、関所が三か所。
どこかの関所にとらまります。

実験や実習は代返が効きません。
顔を見せなければならないのです。
ですからそれだけと、心理学だけは好きなので
出席しました。

学部に来ても同じです。
野外実習や実験や製図は他人が効かない。
それ以外は半分くらいさぼりです。

そんなわけでドイツ語の単位が最終足らず、
単位の足らないものは卒業式に出れないという決まり。
ドイツ語の先生の研究室にレポートを提出すれば、
単位が取れるということで、研究室を訪ねましたが、
先生不在。
しかたなく下からレポートを滑らせましたが、
それで卒業OKでした。

無事卒業は許可されましたが、
単位が不足で、卒業式に出れないものでしたから
卒業証書がその日もらえず。
卒業証書が必要な日がT建設の入社式。
同じ研究室の友人になんとかお願いして、
新幹線の東京駅ホームで卒業証書を
受け取り、入社式に間に合いました。

当時、働く目的は貧困だったゆえに、お金が欲しいが第一。
そしてできれば社長になりたい。
自由にいろんなことをやってみたい。
こんな願望でした。
普通のそのころの多くの人々の願いだったでのしょうか。
「団塊の世代」の真ん中で、まわりはライバルだらけです。

そんな理由が当初まだ土木部の設立後短い
T建設を選ばせました。それに給与が高い。
以前からただ直感的に心の底から湧き上がる
気持ちを頼りに進む性格。
旅をするのにも行き先を前もって調べない。
重要な決断も直感。

ところがそこが財閥系の会社ですから、よく考えてみれば
非常に社長にはなりにくいのです。
おバカな性格です。

入社式で高名なG社長は挨拶で言いました。
「君たちは生涯で一億円の投資だ。頑張ってください。」

その言葉で、ここには長くはいないだろうと直感しました。
思った通りになる第一番目の出来事です。

最初の現場配属先は「関越道の新座工区工事」。
高速道路の工事です。
そこで社会人となってから、大きな影響を受ける先輩に
お会いします。
新人の指導員で、四六時中一緒です。

Yさんは、寡黙な方。
そしてとても行動的な方です。
言葉は極端に少なく、毎日息詰まるほどの緊張でした。

その関越道工事を終了し次の現場でもY先輩の
指導を受けました。
北陸高速道路の小杉工区。

田んぼの真ん中に高速道路が走ります。
その田んぼに、普通より長い長靴を履いても、
ズブズブと足が入っていきます。
当然服は毎日泥だらけ。
さらに一日に一回は雨が降る、北陸特有の気候です。

ある日Y先輩に言われます。
「服が汚れているからって、よく働いているとは
言えないからな。・・・」
確かに先輩はいつもきれいです。

その先の一生を左右するような厳しい言葉です。
おかげでそれからはなるべく汚さないようにし、
それでも一生懸命に働くことができました。

不言実行の人Y先輩とは、その四年後T建設を辞すことに
なってから後の44年間もの間、いまだにお付き合いがあります。
今は宮城県に住んでみえますが、時々行ったり来たりします。

耐えること、働き続けること、まじめにすべてを達成すること、
さまざまな克己の条件を教えられた、人生の貴重なる出会いとなりました。
新人のうちに受けた教えは、確実に人間に大きな影響を与えます。

Y先輩に感謝でいっぱいです。
先輩は今、79歳になりました。