随想 伊路波村から112〜達するものは静かに歩く

達するものは静かに歩く 020930
26日鏑射寺の客室にいた。

中村公隆様とS氏のお話に立ち会う時間だった。
テーマは「日本国家100年の計と日本人の在り方」
むつかしい。

この難しい会談をお二人はジョークをまじえて
絶妙な時を創り出した。
一時間の予定が引き止められて、二時間におよんだ。

「大日本国」

古から大日本国と呼ばれたこのくにの意味は、
その字の意味するとおり、大日如来の元の国。
すべての根源の根源の国。

アメリカも最初はいい国だった。
イギリスの清教徒たちがメイフラワー号に
乗って、東海岸についた。そして新しい土地で神をさがそうと
した。しだいに西へ西へ開拓を進め神を探した。

途中金鉱がみつかり、清教徒とは異なったお金だけの目的の
人々がアメリカへ押し寄せた。
そしてさらに西へ向かい、西海岸にたどりついた。
それでも神は見つからなかった。

人々は4っつの教典に共通する記述の「バベルの塔」に
切り替え高いビルを創り出す。東海岸より先に。
それでも神はみつからず、さらに海をこえて
ハワイ、日本にむかう。そして世界大戦。

日本でかれらは神をみつけたが理解できなかった。
わからぬままに朝鮮戦争、ベトナム戦争。

日本にであってやめればよかったのに泥沼に入った。
アメリカの最初の精神は敬虔であったのに。

「大丈夫です日本という国は」が和尚様の結論だった。
「日本国民の在り方」
ひとこと。「楽しく生きること」

「穏やかに光耀いていきる」が和尚様のいつもの言葉。

「達する者は 静かに歩く
そして遠くまで行く」

「廻るこまは止ってみえる
回り切れていないこまは ゆれている」

宝のようなお言葉だった。
密教のことはよくは知らないがすべての教えをすべて
包み込む教えのようだ。高野山には敵も味方も
宗派をこえた人々の墓がある。
「いつかは高野へ」

法然さんや親鸞さんの墓もある。どうも生前法然さんは
高野を訪れた形跡がある。

「南無阿弥陀仏」浄土宗比叡山の冷たい仕打ちに
失望した法然さんは高野を訪れる。
そこで「三密加持」(身口意 行動言葉思いの一致)
の密教とちがう一密加持(身口意の一つでもいい)の
教えに出会い、密教の広い教えを知る。そして密かに
死んだら納めてもらう墓地を決めたようだ。

すべてをゆるし認め合うこと。
「護摩の木や願いの意識はもえたらどこへいくのか」
私たちはなんなのでしょう。

億万年のあってあるもの、すべての情報を
一人ひとりの人が全員すべてもって
今という時に生かされている。
すべてのすべての先っぽにあるのが自分の姿なのかもわからない。