個は地上の様々な場所に生かされて、
さまざまな体験をします。
それは一人一人全部異なります。
また感受性も異なっていて、例えば歌とか、音楽、
劇、映画なども感じるポイントそれぞれが異なります。
人間が創った数々の音、映像は人間が
ほんとうに作ったのでしょうか。
何ゆえか分らぬ心の震えを感動と呼びます。
その感動も体験に重なる人間の感情的なものと、
理由のない感動と二つあります。
その理由のない感動にこそ、根源からの
光が感じられるのです。
「ヨイトマケの歌」が人生では最初の感動でした。
そして「仰げば尊し」の斉唱の中学の卒業式でも感動しました。
大人になっては数限りなく歌や映画や劇や
テレビでも感動しました。
でも訳の分からない感動というか震えは
数が少ないものです。
「感情のない感動」とは進化と、鏑射寺の中村公隆山主は
おっしゃいました。
声、音、映像。
プライナス(歌手)、小林五月さん(ピアニスト)、堀田さち子さん(シャンソン)
加藤えい子さん(シャンソン)ミネハハ(歌手)宗 美佐さん(歌手、ピアニスト)
伊藤 晶子さん(歌手)、あと最近のお知り合いのHさんやRさんはいずれも歌手です。
声、音に心が共振するのです。
意味もなく。、
そのような体験はおそらくどなたにでもあることと
感じさせます。
そしてそれはすべての方々に異なった体験として
与えられるかのようです。
扉へ導く光でしょうか。
すべてのお出会いに深い感謝をささげます。
この世界に生きている「あなた」とは誰でしょうか。
「霊は永続性とゆるぎない実存の智識をあなたに
差し出す。これについての啓示を体験したものなら誰でも、
二度と再び自我を完全に信じることは出来なくなる。」
持続する真の豊かさの感覚を持つ者だけが
真に寛大になれると申します。
真の豊かさの感覚とはなんでしょうか。
この世界に遍満していながらも
この世界では感じることがむつかしいものなのかもしれません。
けれど一旦心が決めさえすれば・・・。