2542「心の中の神様」2021.12.10 自分で自分を自分するから

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今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年12月04日「心の中の神様」と2021年12月05日「がんじがらめの子供達」の2つの記事を紹介します。

「心の中の神様」

ここでよく、「私たちの内にいらっしゃる神さま」と書いています。

そして、その神さまと一人一人が繋がることで幸せになることができると書いてきました。

同時に、自分以外の他人の中にも神様がいらっしゃり、古くからの縄文時代から私達日本人は自分を大切にして欲しいのと同じく、他人の中にいらっしゃる神さまも尊重してきました。
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再録 奇跡の道 その126~与えることがもっている証拠・・・

「与えることがもっている証拠。
救済者とは救済を与える者に他ならない。」

もっているものしか与えられませんね。
誰もが救済者になれるので、誰もがもっているものを
与えて、救済者となれますね。
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森信三先生の言葉 27~人間は生まれると同時に・・・

 人間は生まれると同時に、自覚の始まるわけではない。人間が真の自覚を発するのは、人生の三分の一どころか二分の一あたりまで生きないと、できないことのようです。そしてここに、人間の根本的な有限性があるわけです。
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  焼き芋は、火が通らないとふっくらと焼けない。人間も苦労しないと「アク」が抜けません。同一のものでも、苦労して得たのではないと、その物の真の値打ちは分かりません。

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 自分の「血」と「育ち」における卑しさが自分の言動のどこに、いかなる形態をとって現れているかということを、まず知らねばならぬと思うのです。
 実際に気品というものは、人間の修養上、最大の難物と言ってよいからです。それ以外の事柄は、大体生涯をかければ
必ずできるものですが、この気品という問題だけは、容易にそうとは言えないのです。

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 つまり人間というものは、教えの光に照らされなければ、たとえ幾年、否、時としては十数年の永きに交わっても、この点に対する深い自覚には至り難いものであります。けだし教えの光に照らされるということは、つまり自分の醜さが分かり出すということだからです。

天音天画 031202

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あひ しりそめて みちひらく あめ つち ひとの

さんみ ひとつみ みせる さいりょふ あめのした

みぎに ひだりに かみしも かさねて いとをうち 

すみを ながして しるす へいめんず しほふ

はちほふ かぞへて ならす やとよはた
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2541「最後の言葉」2021.12.9 自分で自分を自分するから

https://tenmei999.blogspot.com/2021/12/25412021129.html

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年12月03日の記事を紹介します。

「最後の言葉」

今日もご縁のある方々に「心を洗う」お話をご紹介します。

ほぼ毎日、心についていろんな角度から書いています。

もう何年も前から書いています。
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再録 奇跡の道 その127~ あとがき

奇跡のコースの三冊の本は自主学習の本です。

そのどの本から読み始めることも自由です。
また異なる本に途中で注目することも自由です。
後ろから読んでも、初めからでも、中からでも
なんでも自由です。

もともと言葉には限界があります。
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森信三先生の言葉 28~人間の真の強さというものは・・

 人間の真の強さというものは、人生のどん底から立ち上がってくるところに、初めて得られるものです。人間もどん底から立ち上がってきた人でなければ、真に偉大な人とは言えないでしょう。

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 死生の悟りと言っても別にはなくて、お互いにこの生ある間を、真に命がけで生きるという外ないわけであります。これ先に生に徹することが、やがてまた死生を超える道だと申したゆえんであります。そして死ぬとは結局、生まれる以前の故郷へ帰ることだといえましょう。ですからわれわれは、この世にある間は自分の全力を挙げてこの世の務めを尽くす。これやがてこの世を去る唯一の秘訣でありましょう。いざという時に心残りのない道、これ真に安んじて死に得る唯一の道であります。

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 人間はこの肉体をもっている限りは、煩悩の徹底的根切は不可能である。そしてこの一事が、身根に徹して分かることこそ真の救いといってよかろう。

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 総じてその実質が同じ程度の偉大さであるならば、その人の社会的位置が低ければ低いほど、後世におけるその感化影響の力は、大きいと言えましょう。
 世間の人々は、多くはこの道理を知らないで、ただ位置さえ高ければ、それだけその影響力も広く及ぶように考えがちですが、それはただ物事の上面だけを見ているにすぎないのです。