再録 奇跡の道 その100~奇跡とは、(すべての外観は、まさに外観であるからこそ・・

「奇跡とは、(すべての外観は、まさに外観であるからこそ
変化し、実相が伴うべき不変性をもち得ない」

目にする外観が真実の世界(実相世界)なら、
変化するはずがなくて、その変化するものは
実相ではないと言っています。

ですから奇跡は、いかなる形の損失や苦しみに
よっても縛られてはいないことの証拠でもありますね。
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再録 奇跡の道 その101~誰についてであれ裁かない者でありなさい

「誰についてであれ裁かない者でありなさい」

ついつい自分の考えでものを判断しがちですね。
それでよけいなことを言ったり、変な行動を
とったりしますね。

そうするとその自分の裁きに反応するように
目の前の兄弟が攻撃したりします。
それも全部自分のことですものね。
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森信三先生の言葉 1~養家が一小作百姓だったので・・

今生ではお会いすることが叶わなかった
森信三先生ですが、そのご著書から
さまざまな生かされるうえでのヒントを
賜りました。

特にご著書「修身教授録」は、時に
目が覚め、時に愕然とし、時に勇気を
いただいています。
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森信三先生の言葉 2~「全一学」は一応智を・・・


 「全一学」は、一応智を表面に出してはいますが、
その背後には情・意があるのです。
 智は比較的教えやすい。ところが情・意
となるとむつかしいですね。情については、
講義の初めに戦前は島木赤彦の歌を、また
戦後は、坂村真民さんの詩を紹介して
来ました。ところが生命の全一をつかんでいるー
つまり知情意の統一されているのが道元であり、
慈雲尊者です。さらに生命の全一をつかんで
現実の大地に立ったのが尊徳といえるでしょうね。
また、いのちを「孝」の一点に燃焼させて
全一をつかんでいるのが藤樹先生でしょうね。

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森信三先生の言葉 3~死後のことは分かりません。・・・

 死後のことは分かりません。わたくしは、
死後は生まれる前のいのちのふる里へ
還るものと信じています。しかし論証は
できません。それゆえ生きている間は、
お互いに精いっぱい生きなければなるまいと
思っています。わたくしの申す「人生二度なし」
というのはそこから生まれたコトバです。
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再録 奇跡の道 その103~贖罪は幻想を訂正する・・・

「贖罪は幻想を訂正するのであって、
真理を訂正するのではない」

贖罪って、この世界では、なにか罪をおかしてそれを
償うために行いをするものと言いますね。

でも奇跡の中の「贖罪」は
罪と罪悪感の実在性を信じる信念を訂正することです。
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森信三先生の言葉 4~わたくしの宗教はある意味で・・

 わたくしの宗教はある意味では
「拝花宗」ともいえましょう。
ある冬のこと鉢植えの梅の木に
一輪の白い花が咲いたのを見て、
思わず合掌しましたが、全く初めての
体験です。道元の「正法眼蔵」に「精華」
という章がありますが、日本人にとって
宇宙的生命を端的に納得領解しやすいのは、
花であり、ついでは山河自然なのでしょう。

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