黒柳 徹子 女優
ソントン・ワイルダーというアメリカの作家が書いた「わが町」というお芝居があります。
主人公はエミリーという女の子ですが、彼女は自分の子どもを産んだ後、二十何歳かで死ぬんです。お姑さんたちは先に死んでいて、舞台の右と左にこの世とあちらの世界があるという終わりのほうのシーンで司会者が、「自分が一番幸せだったと思う日、たった一日だけこの世に帰らせてあげる」というんです。エミリーは十二歳の誕生日の日を選びます。
お父さんお母さんはもちろん若いですよね。エミリーは「パパとママがこんなに若かったなんて知らなかった」なんて初めて気が付くんですね。家の中やお庭には懐かしくて素敵なものがいっぱいある。でも、皆素敵だから当時は分からなかった。
そして再び死んだ人の世界に帰って、「本当の幸せがわかっていなかった。命が何万年もあるみたいに思いこんで、人間って、生きている時って、何も見ていないんですね。家族がちょっと顔を見合わせたり、いまが幸せだという事に気づいてはいなかった」と姑に言うんです。
昔、私もエミリーの役を演ったことがあって、演っているうちに涙が出てきてしまうようなお芝居なんですが、幸せって何だろうと考えるとき、そのときそのときの自分が幸せだと感じられればいいんだろうけれども、親と顔を見合わせる暇もないほどに忙しくしてしまって、なかなか気が付かないんですね。
ちょっとでも立ち止まって親の顔を見るとか、親切にしてくれる人のことを少しでも思ってみることができれば、生きているうちに幸せをかみしめることができるんじゃないかと思います。