随想 伊路波村から12~戦争

きっと戦争なんて永久になくならない。

そんなふうに思いはするけれど、
戦争の体験に接する時、
人間のあまりにも深い業に
人類の悲しさを見てしまう。

映画「夕凪の街 桜の国」を観た。

ひとつの映画の中にふたつの時代がある、
戦中世代と戦後世代。

親父が戦争を語ることはない。
どこの親でもそうであるように、
何故か戦争を語らない。

まるで人間をあきらめているかのよう。
変な言い方だけれど。

最終のできごと、広島と長崎での。
そのことはこの8月、毎年人々の
記憶を呼び覚ます。

落としたアメリカは日本での原爆の
犠牲者の倍の人々が放射能の犠牲に
なったと聞く。

被害、加害の不思議。

長い間広島に行く機会がなくて、
初めて原爆記念館を訪ねたのは
8年ほど前になるだろうか。

不思議に静かな広島の街。
街を流れる川。

とても長い時間を館内ですごすことは
できなかったのを覚えている。

その後、広島の人たちと縁が繋がった。
物凄い情景、物凄い体験は
人間をそれだけ強くするものなのだろうか。

広島の人たちに、大きな愛と、寛容を見る。
そして同時に強さを。

子供達にも見てもらいたい「夕凪の街 桜の国」。
桜の国。
散っては、根の養分となって重ねていく歴史。

いさぎよい桜。
武士。
特攻。

まだ続くのか、人類の業。

まだ続けるのか支配、被支配。

真実を知るときがきているのだろうか。

随想 伊路波村から35~いろんなことがあるけれど・・・

5月6日 名古屋駅新幹線の改札口 少し掲げた左手が
末娘の挙げた左手のひらに触れた。

何か恥ずかしくて 改札まで先に。
実は 泣いていたから・・・。

4人の子どものうち 巣立ち第一号が末娘。
東京へ。

母親と 特に慕っていた兄とが見送りをした。

それからもう2週間が過ぎようとしている。
この9月が挙式となる予定。

5月9日 大阪と名古屋を行ったり来たり 夜も
眠らずに 新しいCDの製作のために走ったプライナスの
「呼吸」が世の中に飛び出た。

59「こきゅう」の日だった。

宇宙ができてからずっと続く 吸うことと吐くこと。
吸引と放出。

そのことの不思議が唄になった。

経済の変動がはっきりして
ウイルスが世の中に現れた。
ウイルスもあなただから
そんなに嫌がらないでと願う。

この時に たくさんのご縁とできごとが
物凄い波で押しかけるかのよう。

時代は またシステムは大きく変化しようとしている。
大丈夫。

いつだって ちゃんと あります。(笑)

随想 伊路波村から37~ウトウトと・・・

夜半に眼が覚めることがある。

言葉が脳裏をかすめる
「文明の交差点」
今日は この言葉だった。

眠られず 少し座る。
少しのつもりが たくさんの時間を消し去る。

再び横になる。
目覚ましを ケイタイにセットしだして
10日くらい経つ。

やっぱり 性に合わなくて 鳴る前に
セットをはずしてしまう日々。
セットしなければいいのに・・・・。

ただ静かな時間に 昔のように座りたくなっている
自分がおかしい。

少しのアルコールと 瞑想は
血圧を20は下げる。
いかにも酸素が不足している この体。
どんなことも 完璧に「ある」のに。
あれこれ思うワレ。

これから始まるかもしれない 大いなる活動に
ワクワクしながらも ただ待つという「今」を
歯がゆく思っているワレ。

関わるすべてのいのちが イキイキと輝いて
ありますように。

人が人を非難することが ありませんように。
いのちを曇らせることが ありませんように。
・・・・・・・・・・・。

眠りは 朝を迎えていた。