「解脱の真理」再読させていただいて・・・

今から15年ほど前にある友人からいただいた
「解脱の真理」という本を再読しています。

あるヒマラヤ太師との交流を通じて、実在とは
また真理とは何かを魂の底までに落とし込む著者の
物語と体験のお話です。

冒頭に著者の魂の友との会話があり、著者が感じている
それまでに学び知ったさまざまな事柄をその友にいくばくかを語ったあとの
太師ともいえるその友の言葉が著者の心にずしんと響きます。

「息子よ、そんなのが本当かどうかは大した問題じゃないんだよ。」

このたった一言に著者はハンマーで殴られたかのような
衝撃を受けます。

そこからの体験は信じられないようなできごとでありながら、
著者が魂に落とし込むまでさまざまな形でなされます。

現代、人類はたくさんの経験のない出来事に遭遇し
今までの知識や哲学や信仰、そして人が各個人
大切にしてきたものやことがら、さらに人や自然との関係が
崩れ去ろうとしています。

「息子よ、そんなことが本当かどうかは大した問題じゃないんだよ。」

この言葉がどのように響くかは、受けた方々の心の状態が
決めることなのかもわかりません。

目前にある情景、今ある人生の状態。
すべて人が作り出した幻影だと信じることができれば、
大した問題ではないようです。

意識が無になればイメージで可能にできることがらは
信じられないほどの現象を生みます。

雪を溶かすほどの熱を細胞から発すること、
また熱波を涼しく感じさせること、
人体を重力から解放し、ものすごいスピードで
移動するも可能と説きます。
そして自らが実体験をします。

人との分離感が粉砕されれば、
テレパシーはもちろん可能です。
人はワレ。われはまた全体。

恐れることは何もないのです。

意識が無になれば。

そして愛と慈悲と受容が完璧にそして自然に達成されれば、
それがそのまま実在に繋がります。
しかし実在は知られざるもの。

真理は今ここに絶えず共にあります。

素晴らしい本です。

先人たちの言葉が今繋がって・・

ロケット博士の異名をいただく、糸川先生がまだご健在の頃、
長野県上田市にあるご自宅を訪問させていただきました。
シリーズ講演会のご依頼が用件でした。

たくさんの全国から届く名産物を次々に
テーブルに並べられて、たくさんのお酒を
いただきました。

糸川先生はまっすぐにこちらの目を見て
お話されました。
こちらもまっすぐに見させていただいて
お話を伺いました。
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肉体は運転者を離れてどこへ行くのか

私たちは、息吹く生命体に囲まれて生かされていますね。

人は運転者という生命を離れて、
焼かれて空気となり、骨はいずれは水となります。

そして空気となった肉体は、冷えてふたたび大地を潤す
水となり、植物や動物や無生物となります。

地にある骨の水は地のバクテリアを潤し
やはり植物や動物や鉱物のもととなります。

しかしてこの現象の世はすべては死せるものの
肉体でありますね。

その中を生かされる人間。

「人生あらゆるところに青山あり」
つまりすべては墓場という意味です。

私たちを構成する肉体はすべてのすべてその
青山の水でできています。
それが繰り返し繰り返し転換します。
「今」という水に転換します。

あなた様は創造する神の一滴です。
そして万象万物も同じです。

すなわち神そのものです。

コロナさんもです。

お大事に。

肉体を脱いだ後・・・三位一体

昨日ある少人数の食事会で、これだけは
話したいと湧いてきたので、皆に質問。

「人間は死んだらどうなる。?」

そうしましたらお隣の一番お若い女性から
いきなり「自分の心にある」と嬉しいお言葉。

それでまた解説がはじまる。

「人間は死んだら肉体は、燃えて気体になって
冷えて水となって天から落ちてきて大地を潤し
植物や動物や鉱物になる。

骨は長い時間をかけてやはり水になる。
バクテリアを潤しやはりこの世の物質になる。」

そう考えると、私たちが食べているものはすべては死せるものの化身。

お若い女性の答え「自分の心にある」は正解かもしれませんが、
それは霊魂魄の魂の部分。
亡き人を思い出すお人の心に宿ります。

時々お葬式の時に呼びかけが来るのはまさしく
この魂の部分。

霊魂魄の魄は物質の肉体。

では霊は。?

霊は見えず聞こえずしかも境なく一つにして無限。
そして永遠のもの。
だから人間は死なないとも言います。

元一つ。

電車だと運転者 車掌 電車。
これが 霊 魂 魄 ともたとえられます。
運転者が下りれば、電車は動きません。

幽界 霊界 物質界ともいいます。
幽界はお化けの界。

三位一体。

アマテラスは 霊界(空 宇宙 無限)

スサノウは 物質界(物質 科学)

ツキヨミは 幽界(知識 宗教 知恵)

イザナギから生まれた 三貴子はやはり三位一体。

へんなお話です。

人間の習性

20年ほど前から、一日おきに自宅の一階の玄関先と
道路を掃き掃除しています。
修行です。

そうしますと毎回平日には同じ時間に
前を通る方に気が向きます。

それは今日もです。
「まだ走っている」

10年ごろ前にビジネスウーマンとして
スタートを切ったそのころまだ初々しい女性が
走っています。

最初の頃のどことなくやぼったい女性から
次第次第に洗練された服装となり、お顔の
お化粧もお上手になり、お仕事にも自信がついたのか、
立派な女性になりました。

でも今朝も走っています。

最初の頃はもう少し早く起きればいいのにと
余計なことを考えていましたが、
10年たってもまだ走っている彼女を見まして、
「人間は変わらないし、変わらなくてもいいなあ」と
進歩のない感慨を持ってしまいました。

らしさをしょって、人はこの世に使わされるのかも。

ことを自分のことに移しますと、はたして
やっぱり変わっていないんじゃないかと感じさせます。
それどころかますますわがままに・・・。

でもそれでよかったのかも知れません。
湧き上がる心に正直に、自分にだけは嘘をつかず、
歩いてきました。
いろんなことを体験させていただきました。
とても大変だなと思うこともありました。

それでも今なんだかさわやかです。
他人に媚びて、他人の人生を生きるのか。
絶対つけない自分への嘘を、抑え続けて生きるのか。

思うように生かされればいいと感じます。
自分は自然からの分け御霊ですし、
それが天の願いかもしれませんから。

大いなる転換の今

多くの預言書が現在のコロナ禍や
現在の国と国のそして民と民の争いに言及し、
まさに今その時が預言書にぴったりと
言います。

終末予言です。

「マタイによる福音書」のことは
IN DEEPさんの下記が詳しいです。
いつもウイットに富んでます
戦争の噂に満ちた世界、そして民は民に、国は国に敵対して立ち上がっている今、朝鮮半島発の終末の観念と、ラダックからの混乱を再び見ている

またヨハネの黙示録とか日月神示もほぼ同じです。。

いずれも似通った預言ですが、
それらのすべてを抜き超え、しかもそれらより
古い解説が「言霊学」といえるかもわかりません。

小笠原孝次様の著書「言霊百神」古事記解疑
には古事記にある不思議な神々の本当の意味として
言霊学で解説があります。

この本を読まれ、そして
伊路波村の「「古事記と言霊」講座を終って  島田正路様 講話から」を
ゆっくりと二度ほど精読されましたら
なにか納得されるものがあるのかもわかりません。

この国の言葉の母音アイウエオはまさに
伊勢神宮の床下にある「天の御柱」そのもの。

うまれたてのあかちゃんにはあまねく天与の才能が
あって、すでに救われています。
天の御柱がすくっとたっていると説かれています。
それは「アオウエイ」です。

ところが人生ではウオアエイの順で自覚の
世界に入っていき多くの体験カルマをくっつけます。

各個人はそのカルマで人生の判断をし、
その判断と異なる言動に合うと無意識のうちに
言わず語らずとも攻撃を相手にしています。

鋭い針のような感情です。

「ア」字の修行でもってそれをどのように克服し
ついには自分の本体は「宇宙」すなわち「空」であることを
自覚するにいたって初めてやっと「言霊学」に入門できると
厳しいです。

ウ 欲望 産業 科学

オ 宗教 知識 勉強 進歩の学問

ア 愛と慈悲の根源 退歩の学問 宇宙 空

エ エとイは人間最高次元の生命創造智性の閃き

「今ここ」は「ア」字の宇宙の中心の一点。
求める瞑想修行は無駄なこと。

皇祖皇宗が自ら垂れたもう救済の唯一本の網が「言霊学」であり
今 統合の時来ると、論は深遠なるものを感じさせます。

お一人おひとりの「ア」字の自覚が第三文明の今を創造する時が来ています。

物質と財と知識と生き方

会社を訪問される方々は。社業にかかわる方ですと
大方の用事が済んだ後、すぐ帰られる方や
会社の雰囲気が不思議なのか「何をしてみえるんですか?」と
質問される方とかさまざまな方がおみえです。

物を販売するというより、考え方を広めています。と
申し上げますと、キョトンとされます。

で、金魚が泳ぐ水槽が8年間水を変えていなくて、
ただ蒸散する分のみ加えていること。
水槽は湧水原理で水の圧を加えていて、
また細やかな空気振動圧も加えていること。

大きなタンクの中は300種類以上の酵素水で、
空気圧と電気圧でつねに圧を高め、周囲と
中和する自然の法則で、圧を加えている間は
腐ることはないこと。

そして事務所の空間も空気振動圧で常に
圧が加わり、中庸の空間となっていること。

などなどをお話申し上げます。
するとやっぱり30分間くらいは過ぎてしまいます。
聴いて見える方には少しお気の毒かも。(笑)

そして最大の圧は「意識圧」と最期にお伝えします。
そうするとたいていの方はお顔がとても明るくなって
会社を後にされます。

それだけです。

「出したものが返る」は真理法則ですから、
長いブームとなっています「引き寄せの法則」は
もちろん真理法則といえます。

若いころは自分の夢をかなえ充実した人生を
送りたいと、「能力開発セミナー」や「自己実現セミナー」に
通ってそれなりの成果を出す方々がいます。

ですが物質や知識は体が現実を終わるときには
どこにも蓄えることはできません。
ですから物質や知識は目的ではなくて手段という
道具となります。

体を脱いだ後、「あの人はこんなに多くの財産を残した」
「あの人はいっぱいいろんなことを知っていた」
などなどは多くの人の記憶には残らず、影響も与えません。

それと反対に生き方だけがその人の残すものと
言えるのかもわかりません。

どんなひどい目に合っても相手を許し続ける人
困っている縁ある人に手をさしのべ積極的に行動する人
いつもお人の話を聞き続ける人
命をかけてお人を守る人
いつも全体のことを考えて行動する人
愛と平和に満ちた人

「思い出すことが最大の供養です」

思い出すきっかけは、その方が人生上で
どのような心でなしたかだと感じさせます。
そしてその方がなした心がご縁の方々に
バトンタッチされていきます。

「親父みたいなよ~~ 船乗りなどに
ならぬつもりが なっていた・・」

歌の文句ではありませんが、一番近い家族の
子供は親のやっている通りになります。

「何かを残すんだったら、生き方を残さにゃいかんよ。」
偉大な先人の声が聞こえます。

昨日6月18日は早逝した長女の7回忌の日
絶対にお人のうわさをしなかった女性。

今日はお世話になったこころやさしく
偉大な光を放っていた養母のお墓入りの日となりました。

二人のように自分はなしているだろうか。

いつも反省の日々です。

大変革の10年の始まり・・

皆さまへ

いつも伊路波村や伊路波いちばをご訪問下さいまして
ありがとうございます。

一応本日の両ブログの交流記事を持ちまして
半年に及んだ毎日の掲載を終了とさせていただきます。

今後は心に湧き上がるままに、つぶやかせていただきます。
またご興味がございましたら、ご訪問ください。

なお現実の伊路波村では引き続きまして、
テネモスミーティング、冠之会、読書会を
継続開催させていただいております。

             山田 將貴 

「大変革の10年の始まり・・」

令和元年の12月から狂ったように
しなければ・・という感覚が湧き上がりました。
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