「不知の知」ソクラテスの言葉

「無知の知」または「不知の知」とは
有名なソクラテスの言葉です。

「無知の知」は私たちは何も知らないということを
知っていることと説明されています。

でも「無知」というとこの世界の知識と
勘違いしそうです。
だから「無知」ということは、この世界に
ついての知識が薄いことのように思えます。

ですから「不知」のほうがしっくりしそうですね。

ではいったい何を「不知」なのでしょうか。
何を知らないのでしょうか。

以下の記述から類推してみましょう。

ソクラテスの同志というか弟子であった
プラトンは、ソクラテスが若者を堕落させたかどで
裁判を受け、死罪を宣告され実際に刑に服す場面、
つまり毒を飲んで死んでいく場面を描写しています。

故島崎義孝さんの著書「無生死の世界」からです。

ソクラテス 死と向き合う

ソクラテスは表向きには、異端とアテネの青年を堕落させたかどで
告発された。これらの罪で検察側は彼を死刑に追い込もうとしたのである。
・・・・・・
そして死刑を宣告された。

(ソクラテスは何度も黙想しているうちに体を忘れ、恍惚として
亡くなっていったのである。彼は討論や沈黙の中で何度も、
情緒的・知的にも死んだのである。したがって本当の意味で、
ソクラテスには死ぬことが毎日の日課だったのであり、・・・)

ソクラテスの最後の時間についてのプラトンの説明

クリトンは傍らに立っている召使に合図を送った
召使は外に出て、牢役人と一緒に戻ってきた。

牢役人は毒の入ったカップをもっていた。ソクラテスは言った。
「やあ、ご苦労さん。貴公はこの手のことには慣れているな。
儂に手順をおしえてくれまいか。」

 牢役人は答えて、「ただ呑んでから、両足が
重くなるまで歩き回るだけだ。それから横になればいい。
そのうちに毒が効いてくる。」言いながら役人は
盃をソクラテスに手渡した。ソクラテスはきわめて
ゆっくりとした風で、毛筋ほども怖れで顔色やたたずまいを
変えることなく、真っすぐに牢役人を見ながら盃を受け取って言った。
「どうだろう、貴公この飲み物を神に捧げてもいいかね。
それともだめだろうか。」
するとその男は答えた。「ソクラテスよ、儂らはただ思うだけの量を
支度したのだ。」

ソクラテスは「そうか。だがこの世からあの世への旅が
うまくいくように神に願わなければならないのだ。
私の祈祷書には、そのように書いてあるからな。」

そして盃を上げて唇に運び、唯々として毒を飲み干した。

ここまでほとんどの人は悲しみをこらえることができたが、
今や彼が毒をあおるのを目の当たりにし、
それを飲み干したのを見て、
最早、堪えられなくなってしまった。

私の目から思わず涙が溢れた。私は両手で顔を覆って
泣いたが、それは彼のためにではなく、
そんな友人から離れなければならない
わが身の不幸を思ったからである。

私よりもクリトンといえば、彼は自分の涙を
止めることができなくなって
席を立ちあがった。私(プラトン)はそれに倣った。
その時アポロドロスはそれまでも始終泣きっぱなしだったが、
さすがにその時には大きな声をたて、皆をぎょっと
思わせるほどの大きな叫び声をあげた。

ソクラテス一人が泰然としていた。
「これは、皆さん、何という変な声を上げて泣いているんだね。」
とソクラテスは尋ねた。「こんな見苦しいことが起きないように、
ほとんどの女の人たちには立ち去ってもらったんだよ。
私は人というものは安らかに死んでいくものだ、
と常々いわれてきたからだ。
静にして、堪えてほしい。」・・・・・

ソクラテスが顔を現した時(というのは彼が顔を
覆っていたからだが)には、
鼠径部が冷たくなり始めていた。
そして言ったーこれがソクラテスの最後の言葉だったのだがー

「クリトン、私は雄鶏をアスクレビウスに
お供えしなければならないのだが、
それを君がやってくれないか。」

「いいとも、きっとそうするよ。他に何かあるかい。」
とクリトンは答えた。
この問いにはなんの答えもなかったが、1,2分ほどは
身動きする音が聞こえた。
そして係の男が覆いを取ってみると、ソクラテスの両眼は開いて
固く静止したままだったが、クリトンが目と口を閉じてやった。

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以上の記述によりますと、ソクラテスはただ「死」を
この世界の運命として受け入れているかのように
思えます。

さらにソクラテスにとって、人間には「死」というものは
なくて、幾度も黙想中に「死」というものを
離れていたので、「死」が特別なものではなくて
日常のことのようだったようですね。

ということはソクラテスの「無知」あるいは「不知」とは、
「世界に死はなくて、人は永遠の命を生きている」とは
言えないでしょうか。

つまり、「無知の知」「不知の知」とは
人間は死ぬことはなく、生命は無限にして永遠だと
なんども黙想中に体感されていたのかもしれません。

以前ロケット博士の糸川秀夫さんからこのようなことを
お聞きししました。

「私はねえ、ロケット博士と言われて、東大を出て
世界中に友達がいて、いろんなことを学んで、
ほとんど知らないことはないと人は言うけど、
私の知っていることは0に等しんですよ」

糸川先生の言葉を聞いた時は、「?」でした。

この方にして、この言葉?。
その真意がわからずにいましたが、
ソクラテスの「不知の知」の真意を知った時、
もしかして糸川先生もそのように
悟っていたのではないかと感じました。

糸川先生は最後の著書「21世紀への遺言」の
最終の章で「この世の真実」について記述を
して見えます。

その章ではゲーテの著書「ファウスト」についての
説明から、ファウストの求めたそして、知った
「この世の真実」について、それが糸川先生の
「21世紀への遺言」とされたようです。

ゲーテの「ファウスト]の概要です。
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ファウスト教授は人文学者です。
あらゆることを知識として学びつくします。
ですが結局「われわれは何も知ることができない」と
わかり自殺を企てますが、復活祭の鐘の音を
聞き、思いとどまります。

その後、ファウストに悪魔メフィストフェレスが彼に近づき、
奴隷として彼に仕え、「広い世界」のすべてのことを体験させようと言います。
そしてメフィストとファウストはある賭けをします。

ファウストが「瞬間」に向かって「とどまれ、おまえは美しい!」と言ったら、
その時ファウストは死に、メフィストに魂をやらなければならない。
こうしてファウストの人生遍歴が始まります。

メフィストによって20代の青年に若返ったファウストは、
グレートヒェンという娘に一目惚れします。
彼女は身も心もファウストに捧げますが、
逢い引きするために母に飲ませた睡眠薬の分量を誤り、
母を死なせてしまいます。

彼女の堕落(当時自由な恋は堕落なんですね)を
怒った兄はファウストと決闘して殺されます。
ファウストの子を産んだグレートヒェンは気が狂ってその子を殺し、
死刑囚として牢獄につながれてしまいます。

 当のファウストは、そんなこととは露知らず、
メフィストに誘われてワルプルギスの夜に酔いしれています。
しかし、そこで彼は、苦しむグレートヒェンの幻を見る。

そして、メフィストの力を借りて彼女を牢獄から助け出そうとします。
彼女は悪魔と手を結んだ彼の助けを拒み、
牢獄にとどまりそして死にます。
「女は裁かれた」というメフィストの叫びに対して、
「救われた」という声が天上からひびいてくる。
そしてファウストはメフィストにどこかへ連れ去られます。

アルプス山中で眠り続け、生気を養ったファウストは、
今度は行為の人として「大きな世界」での遍歴に入ります。

 神聖ローマ皇帝の城。
帝国の財政が破綻しかけているので緊急会議が開かれています。

メフィストが新しい金融システムを吹き込み、
破綻しかけていた財政問題は解決します。

 ファウストは神聖ローマ皇帝の命で闇の世界に下り
、美の象徴ヘレナをよみがえらせ結婚しますが、
美は消滅してしまいます。

魔法の力で皇帝を助けて戦争に勝ち、
報酬として海岸沿いの土地を得、
この土地の干拓事業に乗り出します。

事業はほぼ成功したかに見えますが、
老夫婦を立ち退かせるのに失敗して、殺してしまう。
ファウストは、「憂い」の霊に吹きかけられた息で視力を失います。

建築工事のつるはしの音に聞こえるのは
実は彼の墓を掘る音でしたが、
彼は仲間のために働くという最高の幸福を予感して、

時よとどまれ、おまえは美しい」と言う。

たちまちメフィストとの賭けに破れ、彼は死にます。
だがメフィストの手を逃れ、
かつてグレートヒェンと呼ばれた少女の
霊の取りなしによって、天高く上ってゆきます。

「この世の真実」を探し求め、魂の遍歴を重ねた
ファウスト教授は、数々遍歴の後、つまりは

仲間のために働くという最高の幸福」を
予感して、魂の遍歴を終えるのです。

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このゲーテの「ファウスト」の最後のファウスト教授の
悟りつまり「仲間のために働くという最高の幸福
が糸川先生の「21世紀への遺言」となりました。

ファウストは最後は愛してやまなかった
グレートヒェンとともに「永遠の生命」へと戻っていったのです。