絶対孤独 絶対無
絶対歓喜 一人旅
遠き旅
再生大和 霞の中にて活動する
絶対孤独 絶対無
絶対歓喜 一人旅
遠き旅
光を語ればすべては見えない。
私たちは見える所に生かされている。
ビルの端にかかる夕陽をみると
ビルの一部が消えてしまう。
あまりににぶいそして粗い光の中で
生かされているから物がみえるのだろうか。
アンデルセンの久村さんが壁に腕を通した。
そして抜いた。
私たちのまわりのいつもあるものってなんなのだろう。
明日がくると無意識下に信じているから明日がくる。
明日はこないと思う人には明日は来ないかも知れない。
今ある物体が400km離れた知らない場所に瞬時に
置き換えられる。空間って、時間って何だろう。
三次元をはるかに抜き越えた多次元からみれば
そんなことはあたりまえかも知れない。
ここまできたらそして一緒にいるから、
意識をつなげていようよ。
意識のチェーンで輪をつくろうよ。
せっかく会ったんだから。
過去と呼ばれるあらゆるできごとも、
未来と呼ばれるまだ見ぬ出来事も、
みんな今、一人が創ったことだろうか。
限りなく孤独であって、限りなく満ち足りた
すべてのあなたよ。
一人しか,ひとつしか存在がないのです。
ある日の朝刊。
長く魚屋さんを営む50代御夫婦のお話。
魚屋さんの近くに大きなスーパーができることになった。
スーパーの営業のかたがスーパー内での出店の勧誘にみえた。
時代がかわりとても魚屋だけではやっていけない。
でも主人は断る。
毎朝市場へ行って、自分の目で確かめた魚を
店頭にならべた自信と体験と誇り。
「やっぱり値段ですよ、消費者はそれだけです。」
営業の方の帰り際のすてぜりふ。
ある日奥さんの前でめずらしく正座したご主人がたずねる。
「今家にいくらある?」
「ここでろばたでもやりたい。このままスーパーに
まけるのはいやだ。」
奥さんは若い頃自分の父親にむかって
「嫁さんにください」と必死だった御主人の姿を思い出し、
思わずにじりよって、御主人の両手を握りしめた。
理想をとるか、実利をとるか。
多くの人が選択をせまられているのだろうか。
会社で社員さんを採用する基準は順番でした。
最近は増員を考えたこともないですが。
すなわち縁です。「こちらはあなた様さえよろしかったら
採用させていただきます。明日中までにお返事ください。」
といって集まったひとびとの集団が今の会社。
こちらではとても優劣をつけることなどできません。
だから順番なのです。
会社の業績が落ちてくると必ず人員カットが
もっとも早い効果的な経費節減と、企業は考え実行します。
入っていただくときはあんなに願ったのに。
困ったら裁いて切るのです。
9年前ハガキ道の坂田さんに教えていただいたご本があります。
「文読む月日 上下巻」土御門二郎 著
著者の土御門さんはこの国のトルストイ翻訳の第一人者です。
戦時中「人が人を殺すことは絶対いやだ」と山へこもり
戦争拒否をした方です。あまりのすごさに特攻警察も
追うことをしなかったらしいです。
上巻のなかの一週間の読みものの一つをご紹介します。
ある町に立派な町長さんがいた。
町長さんはだれからも慕われていた。
実業のほうも繁盛し経済的にも繁栄していた。
ある日その町で新しい裁判官を選ぶ必要ができた。
町の人々はみんなが町長さんが適任だ、町長さんしか
いないと口々にいった。
代表者が町長さんに裁判官の就任をお願いに出向くが
町長さんはお断りになる。何度ものお願いにもかたくなに
辞退された。辞退の理由を尋ねても理由をはっきりと言われない。
町民は納得せず、みんなの前で何故出来ないのかを
はっきりといってくださいと要請される。
そしていよいよ町民にわけを話す日が来た。
大勢の町民を前に彼は語り始めた。
「私はじつは幼い頃泥棒の子供だったのです。」
町民は唖然とした。町長さんは話を続けた。
「父親が泥棒のリーダーだった。時には私も頼まれて
泥棒の手伝いを何度もしました。
ある夜商家の蔵に泥棒に入ることになりました。
蔵の窓は高いところにあって小さいものですから、
大人の体は入れません。私がその窓から入って縄をつかって
蔵の中に入りました。その縄に蔵の物を結わえて
幾度も物を運び出しました。何度目かの時、商家のほうから
ざわめきが聞こえました。見つかったようでした。
縄はあげられたままでしたので、逃げることもできません。
蔵の中で幼い私は泣き叫びました。
父親たちは逃げていったようでした。
絶望と恐怖で胸が一杯でした。
蔵はあけられ、警察と家の人たちに発見されました。
警察につれられようとしていく時にその家の奥様が警察の
人に話してくれました。”みればまだ幼い子供です。
私が引き取りますので
どうぞ許してあげてください。”といってくださったのです。」
聴衆はシーンとしている。
以来その子供は奥様に可愛がられ、養子となった。
一所懸命に働き、嫁をめとり、家業を盛り立てた。
「もしあの時奥様にひろわれなかったら、私の人生は
どうなったかわかりません。だからそんな私が他の人がいくら
悪いことをしたからといってとても裁くことはできないのです。」
町の人びとは静まりかえり、誰も反論するものはいなかった。
私たちはいつも人を裁いてはいないだろうか。
平成十年。
インド心の旅(ピュアハートホーム五十嵐薫様主催)に参加した。
マザーハウス、死を待つ人の家、孤児院等をたずねた。
そして訪ねたかったシャカにかかわる聖地巡礼の旅に出かけた。
ガンジス河の夕陽。そして翌日のガンジス河遊覧。
白いお尻がポッカリ川面に浮かびながら
流されていくのを本当にみてしまった。
ハイライトはシャカが弟子たちと共に
最も長期間修行に励んだ山、霊鷲山
(りょうじゅせん)だった。
朝早く、警官の警護のもと、まだ暗い山を登る。
ついそれより二ヶ月程前、五十嵐さんの友人がそこで盗賊に遭い、
いのちを落としたらしい。
五十嵐さんは涙ながらに語ってみえた。
山上、シャカが座して弟子たちに話をした場所につく。
日の出を待ちながら思い思いに岩の上で瞑想をする。
そして帰山の前に野外の祭壇前に全員が
列し、同行のBさん(仏僧)がお経をあげる。
簡単な聞いたことのないようなお経に反応してか、
皆が泣いている。魂が泣いているのだろうか。
この旅を通じて、五十嵐さんが「人間シャカ」(高橋信次:著)で学んだ
シャカの実像を訪ねた場所ごとに解説してくださった。
普通の観光の旅では得られぬ感慨をたくさんいただいた。
ありがとう。インド。
この日からインドはもう一度訪ねたい国となった。
人間は感動を求めて動く動物だろうか。
ロングランとなった映画「折り梅」を鑑賞した。
幼い頃、母と別れた老婆と、痴ほう初期でもある彼女と
ともに暮らす嫁を中心とした、家族の物語。
老婆は幼い頃の母との思い出を語る。
梅をいけながら子に語りかける母。
「梅はこうして折っても花を咲かせるのよ。
梅は強い花なの。」
町に働きに出ていた母はいつしか戻らなくなった。
砂浜で母を毎日まちわびる幼い日々。
大人になって結婚し4人の子供が授かる。
だが早くにご主人を病気で亡くす。4人の子供を
おはりこの仕事をしながら、生活保護も他人の世話も
受けずに、育てた。
(そうだうちの母もそうだったんだ。)
自分のライフスタイルを必死に護ろうとする嫁。
老婆は必要とされていない自分の存在を
知る。
限界がきて老人ホームに行く前夜。嫁は老婆とともに寝る。
そして幼い日のことを知る。
老人ホーム行きはやめていた。
デイケアのお寺で老婆の発表。
「あそこに座っているのが、うちの嫁です。
ほんとによくしてくれるのに私は怒ってばっかりいて、
なんでそうしてしまうのかがわからない。」
嫁と老婆のハンカチの投げあいはまさに心が溶け合う
瞬間。笑い嬉し涙とはこんなこと。
だれだって自分を大切にしてもらいたいんだ。
昔の話ですが
例の熊沢番山が 番山の師 中江藤樹の話を
聴きに 片道8時間かかる山道を通いました。
そして毎日、1時間の講義を垣根越しに聴いていました。
塾のお金を払うことができなかったのです。
ある日、藤樹は垣根にいる番山を呼びます。
そしてたずねます。
「君はどこから来ているのかね?」
「山をこしたところです。」
「どれくらいの時間がかかるの?」
「片道8時間です。」
「そこでどなたと暮らしているのか。」
「母上とです。」
「そうか ではここに移り住みなさい。
丁度納屋があいているから、そこで
母上といっしょに暮らせばよい。」
しかし番山はこのやさしい申し出を断ります。
「せっかくですが、先生のお話を8時間かけて
聴きにまいっているからこそ、先生のお言葉のひとつも
聞き逃すまいと、真剣になれるのです。」
さすがの番山。藤樹先生はこのとき番山の
資質を見抜いたのです。
番山が読んだ有名なうたがあります。
「憂きことのなおこの上に積もれかし 限りある身の 力試さん」
このお話はずっとわたくしのこころの 中に
住みつづけています。