「76年前の今日」 奥之院通信 R3 8/9

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8月6日の広島に続いて、今日、長崎に2発目の原子爆弾が投下され、2度目の原爆大虐殺が実施された。広島の原爆は「ウラン型」で、今回の長崎に投下されたのは、「プルトニウム型」であった。
 二つの違ったタイプの原爆を、この時期、連続して投下したのであった。二つのタイプの原爆で、日本人をモルモットに仕立て、実際の原爆実験が行われたのであった。

 今回も、およそ10万人の長崎市民が、一瞬にして焼き殺された。この原爆は小倉に投下するべく、B29はテニアンを飛び立ったのであるが、あいにく小倉の天候が悪く、日を改めるべくして、テニアンに引き返す途中、たまたま西の空が晴れていたので、急遽、攻撃目標を長崎に切り替えて投下したのであった。長崎も原爆投下の標的都市の一つだったからでもである。

 つまり、後に彼らは「戦争を早く終わらせたかったから」と、この大虐殺の理由を説明しており、これで日本人も世界も納得させられているが、この理由は明らかに破綻している。明かな嘘である。虐殺の標的地を簡単に変更し、たまたま晴れた場所を選んでいるということは、二発の違った種類の原爆を、それぞれ別の場所に投下し、それぞれ、その威力を試したに過ぎなかった。

 原爆という新兵器の威力を、実際に実験するのに、日本人をモルモットに仕立て、大虐殺の犯人にはアメリカ空軍を使った。実際の犯人は奥の院であり、ユダヤ人である。米軍の指揮系統にはこの原爆投下部隊は入っていない。全くの別部隊である。
 後の非難の矢が飛んで来ても、その飛んでいく先をアメリカ国家にした。彼らは実験の成果だけを得たのであった。その上で、彼らは非ユダヤ民族を、いつでもどこででも、必要なだけ虐殺できることを確認したのであった。

 あの時、核兵器実験用候補地には、新潟市、東京湾、川崎市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、小倉市、福岡市、熊本市,長崎市がリストアップされていた。要するに、実験であるから、その目的に合うところであれば、どこでも良かったのである。たまたま、日本とアメリカが戦争中であるから、この時とばかりに、この機をとらえて核兵器の実験を行ったのであった。この原爆実験は先の大戦とは無関係であり、この時を利用した奥の院の実験であった。

 戦後の奥の院の核兵器に関する政策は、この広島・長崎の虐殺が人体実験であったと言うことがバレないようにすることと、2度とこのような大量虐殺兵器を使用するなという世論を起こさないようにすることであった。前者の政策のために、彼らはこの原爆大虐殺に関する言論を固く封じた。後者のための政策として、彼らは実際の反核運動を起こさせないようにした。

 日本の反核運動を奥の院が乗っ取ってしまった。日本人の反核運動は存在しない。日本のメディアも沈黙を保っている。広島平和資料記念館などを運営している公益社団法人広島平和文化センターの理事長にはスティーブン・リーバーというアメリカ人を据えた(現在は小泉崇に交替)。

 恐ろしいことに、奥の院は核兵器を、いつでもどこでも、使用できる体制を整えている。現物は世界中(日本以外)の国に大量にばらまき、彼らが火に付けさせれば、いつでもどこででも、燃え始めるような体制を作り上げている。しかもこの体制には、誰にも指一本触れさせない。特に、報復の権利を持った日本(奥の院はそう思っている)には一切関与させない。核兵器も一切持たせない。

 これから後は、極めて皮肉ではあるが、奥の院がこの火付けをしないように、祈るばかりである。「奥の院さん、人類を滅ばさないように、宜しく頼みますよ」と言うしかない、極めて危険な状態である。強制的にそうさせることの出来る者は、この地球上には全く存在しない。そういう意味では、現在の人類は、奈落の底に落ちてしまう瀬戸際に、崖っぷちに立たされている。このことを知っている奥の院関係者は、盛んに核シェルターを建設している。

 日本人には、核シェルターを建設する人はいない。日本人にだけは、今立たされている崖っぷちを見せないようにしているからである。かつて、石原慎太郎東京都知事が、東京の地下鉄は核シェルターの役目を果たせると発言したことがある。彼はこの状況を良く理解している。

 先日、この通信で書いた広島の少女の手記でも分かる通り、とにかく、その瞬間に光に当たらないこと、それから、その直後に起きる爆風に、吹き飛ばされないような場所にいることが重要である。いずれのためにも、確かに地下鉄の中は安全である。もちろん、その後の危険は別としてである。
 個人で核シェルターを持つことは現実性がない。したがって、国や地方公共団体が、ある程度の対策を取る必要がある。やたら不安を煽るようになってはいけないだろうから、そのための政策は非常に困難であろうが、誰かが考えて政策を進める必要がありそうである。