危機の時にわかる今の自分のこと

今世界中が揺れて、それが未体験のウイルスによるものと
されています。

家庭においても、家族が様々な考え方の
集合である限り、もっとも安全な道を語る家族の
意見が尊重されています。

幼児などの未来。
生命を失うことの不安感。
お人にうつしてしまうことへの心遣い。
もしかかってしまったら社会から疎外される恐怖感。
さまざまな要因が人の心を小さくし、
笑顔の少ない社会を映し出します。

外出から戻ったら必ず消毒をし、ドアのノブをふく。
家庭内の食事の時刻も、ずらしながら一人ずつがする。
そんな情景さえあることを知ります。

マスクをすると目だけが見えます。
マスクの中で笑うと、目が笑います。
でも遠くから人々を見る景色は、
猿の惑星のよう。

人々と異なる行動には、奇異な目が注がれ、
街行く人も、他の方(マスクなし人間)が近づくと逃げて避けるがごとしです。
集合し笑いながら宴会をしていますと、お店の方が
外の人の様子を気にされます。

分離、孤独、不安、恐怖が目的かのような
おおきな作為を感じずにはいられません。

しかも初めからのニュースのバリエーションの豊かさ。
「?」と感じた多くの方を知ります。
でも口に出して言いますと、戦時中の非国民扱い。
そして変人扱いです。

戦後75年間にわたるものすごい洗脳政策でまるで完全に
洗脳されてしまったかのように感じさせます。

危機の時に自分の心の位置を知ります。
人はともあれ自分はどうなんだろう。
心に崩れないものを打ち立てたはずの自分は、
自分が生かされているあかしを保てているのだろうか。

友人、仲間、家族、社員さん、地域の方たち、長くご縁をいただいている
さまざまな職業の方たちとのさまざまな関係の中で、すべては自分と知るのです。

コロナウイルスさえ愛せるものとなれるのか。

危機こそ進化の時と偉人は語りました。

今 その時でしょうか。