小学5年生の秋に、お隣の机に転校生の
おかっぱ頭のKさんが突然に座った。
先生から紹介があった。
「Kさんは今度の台風で、南区で
被災されました。それで今日から
皆さんと一緒にここで勉強するために
転校して見えました。
よろしくお願いします。」
詳しい被災の状況もわからず、またその後
余り詳しく聞くこともはばかられたが、
なんだか打ち沈んだ感じのKさんに
なるべく親切にしようとだけ思った。
Kさんはずっと寡黙で、明けの年の四月、
6年生になる前に、また突然に元の学区に戻っていった。
短い滞在だったけれど、幼い心にいまだに
思い出が残っている。
Kさんは南区で家が流され、家族の人が亡くなったようだと
あとで聞いた。ずっと静かだったわけがわかった。
貯木場から切れてしまった木材が濁流とともに
家や街に押し寄せた。
翌日、災害救助に向かう船の脇を何人もの死体が浮かんでいた。
それは実際のこと。
そのような実際の様子をKさんも体験したのだろうか。
伊勢湾台風が来た9月26日の夜、ぼろやの我が家では
瓦の屋根が吹き飛んでいきそうな恐怖感を味わっていた。
室内のあちこちに雨だれが落ちる。
誰も周りにはいない様子を思い出す。
家じゅうの受けることができるバケツ、食器、入れ物を
全部使い果たしてそれでも、あちこちに雨漏れ。
もうだめか・・・、家は強風に揺れそれこそ
屋根ごと吹き飛ばされそうな怖さ・・・・。
あきらめたとき 急に風が静かになって、上を見れば
壊れた屋根の隙間から少し明るい空。
ああ助かったかも・・・。
強烈な伊勢湾台風は過ぎて、無事でいることの
安心を知った。
そしてギリギリになったとき必ず何かの助けがあることも。
もしかしてこの「コロナ騒動」のギリギリになって
人々がもうだめだと思ったときに、何かがあるのかもしれないと
昨日の夜突然に感じたのです。