

いっしん
にがん
さんたひ
ししぶつ
ごぞふ
ろっこん
天音天画 1012


ながらの
はるの
あけごろも
べにさす
いとじ
12月冠之会、慈藹塾読書会の予定
☆ 慈藹塾読書会
12月18日(土)
午前7時30分から~
場所 サンコム
参加費 無料 「修身教授録」 を持参ください。
☆12月冠之会
12月20日(土) 熱田神宮 「龍影閣」
午後6時30分から~
参加費 1500円 (会場費、資料費用)
終了後希望者の方で食事会です。
いつも忘年会ですが。
黄色いポスト
会社に黄色いポストが届きました。



「片方の手をフリーに・・・」 法則の伝えから
大変な病気の方が、霊能者あるいはヒーラーに治療してもらい、すっかり良くなったとします。そうすると人は、その霊能者やヒーラーに両手でしがみついてしまいます。
でも決して両手でしがみついてはいけません。必ず片方の手は緩めておかなくてはいけません。その理由は、私たちを導いてくださっている、光の存在・守護霊が、私たちをどうように導いてくださっているか、その導きにしっかりと反応出来るようにです。
例えば本屋に行ってイスラム教に関する本を見つけました。読んでみたいと一瞬感じたとします。ところが自分はあの霊能者だけを信じているんだと、自我が働くことによって出した手を引っ込めてしまいます。それによって守護霊の導きを断ってしまうのです。
でも自分が良いと信じるものでも、この世に絶対はありません。ですから片手は必ずフリーにしておくのです。
例えば野球ですが、バッターがバッターボックスに立って構えたとき、そのバットをギュッと握りしめている人はいません。必ず利き手を緩めています。緩めているからこそ、飛んできたボールに反応出来るのです。
スポーツと同じように心にも柔軟さを求められます。宗教団体の場合も同じです。ここに身を置く人たちも、片方はその宗教を掴んでいても、もう片方は守護霊の導きに反応出来るようにフリーにしておかないといけません。
ところが宗教団体に入っている人の多くは、両手で掴んでしまっています。宗教団体は組織です。そうすると、信者か否かというところで、線引きをしてしまいます。その宗教を信じているか、いないかによって段差を付けるわけです。そして救われるか救われないかの話になります。
もしここで片方の手をフリーにしておけば、他のスピリチュアリズムに触れたとき、「他にもこういう捉え方があるんだ」と学ぶことが出来、宗教からの囚われを払うことも出来ます。このことがその人にとって大変なプラスになります。
短観 「天真」 101125

「魂の縦波」

真ん中の折れ線で折ると 上と下の項目は
対称となります。 無償の愛を目指す人には
その真反対の他者軽視の心がわきあがります。
聖職者が幼児虐待をするようにです。
11月 冠之会と読書会
☆冠之会
11月15日(月)
午後6時30分から
熱田神宮 「龍影閣」
参加費 1500円(資料、会場費)
☆慈藹塾読書会
11月20日(土)
午前7時30分から
場所 サンコム
「修身教授録」輪読します。
ご持参ください。
参加費 無料
