誰にでも印象に残るできごとってあることでしょう。
今日の森信三さんの「一日一語」
6月17日
「如何にささやかな事でもよい。とにかく人間は他人のために尽すことによって、はじめて自他共に幸せとなる。これだけは確かです。」
渡辺さんは毎日毎日ホームで更新なさっています。
北海道のなおちんのブログから、
道を尋ねられたあとの行為へのきがかり。
それは過去の出来事が生んだ経験的行為だった。
ぶろぐそらさんの「マザーテレサの言葉」
〝脳卒中や天然痘や癌やいろんな病気があります。これは決して怖い病気ではありません。世の中で一番怖い病気というのは、「あなたのような人間は、この世の中に居ても居なくてもいいんだ」と言われるほど孤独という怖い病気はありません。〟
心を揺さぶることがら
人間だからやっぱり思ってしまいます。
あのことも、このことも。
感じるところもさまざま。
みんながちがうのでしょう。
「今 逢いに行きます」より「さよならクロ」に
感じてしまう、私という存在。
きっと逆の方もいるでしょう。
驚き
何処へ
意識がつながったネットワークでなかったら、
ネットは砂漠で宝石をさがすようなもの。
宝石が自分にとってどんなものかは、人さまざまだけれども。
何百万人の会員参加者がいても
何にもならないかもしれない。
数ではなくて、でも数のちからも大切。
なんのために。?
なつかしい人々
「なつかしい人々」
ビルが建って18年が過ぎた。
何にもわからずに、直感だけで建てようと言った時、
父もOK!
ほかの家族が驚いた。
実はその直前に、子供たちが大きくなってきたし、
お風呂も部屋も少し直そうと実行したばかりだったから。
行ったり来たり
「行ったり来たり」
日曜日、今日は盛りだくさんの日。
歩いて30分ほどの福祉会館でプライナスライブ。
家族3人歩いて行くことにした。
透き通るかのような風景。
少し暑い。
歩くことが必要な奥さんは、次第に息が切れている。
長女は腰が痛いと言い出す。
だましだまし現地到着。
自分への手紙
修身教授録「自修の人」の項を他の方が輪読されるのを聞きながら、
まったく内容と関係がないのに、母の顔が浮かんだ。
そして感想を述べる時間にまたも慟哭していた。
なさけないような自分の最後の、残り物。?
それが5月18日、早朝の四日市読書会でのこと。
実は4月のはじめ、大阪家庭裁判所から
封書が届いた。
「遺言書検認」の参加要請通知だった。
「何か悪いことしたんかな。?」って
すこしドキドキしながら開封したら、
書類には見知らぬ人の申し立てがあった。
現 象
実感だけが理解の手助けだとしたら、
体験にまさるものはないだろう。
感情の体験は多くのイベントから得られる。
声、調べ、自然の音、ハーモニー、美、技などから
驚きや共感、癒しが喜びや響きをもたらす。
現象を今までの人々の人生の体験や、知識や智慧で
理解できない時、人間はなんとか、自らのもつ
ものさしで理解しようとする。
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