24年前30才。お正月を病院ですごした。
暮れのある日国道脇に車をとめて、6時間はねていたのだろうか。
身体に異変をかんじたので翌日病院に行った。
そしてその日医師はその場で入院を薦めた。
暮れの日に即日入院。
胃潰瘍だった。
それから20日間病院にいた。
正月、おさない子供たちとともに家族が見舞いに来た。
入院から30時間、眠り続けた。
24時間ありがとうございます 020227
伊路波村役場があるビルの屋上に広告塔があがった。
「24時間ありがとうございます」
EVERY 24 はあるチルド食品専門の運送会社の名前。
関東から関西までの日本の真ん中をこの会社のたくさんの車が
走っている。
なぜに広告塔に「ありがとうございます」なのか。
偉人の涙 021126
人を見ぬく天才といわれた故森 信三先生。
坂田道信さんに「あんたははがき書くといいよ」とおっしゃった。
言われた坂田さんは以来、はがき道を歩むことになる。
四日市読書会で坂田さんを生涯の師と心にきめている
内田富朗さんが今朝、偉人の涙について語った。
I さんのこと 021114
今朝会社に電話があった。山善ビルの広告塔を
管理している会社の方からだった。
「広告塔のことで昨日I さんにお会いしました。
そしたらもう決めてます。といわれました。」
実は山善ビルの広告塔のテナントは今は
あるタイヤメーカーの広告をしていただいている。
それがこの12月で契約を打ち切りたいと申し出があった。
師と畏友 021113
四日市の内田さんからひさしぶりに、ひとり新聞「むーびーず」が
届いた。長く中断していた。
最近四日市へ彼が生涯の師とこころに決めている、はがき道の
坂田さんが彼のために駆けつけてくれた。
そしてひとり新聞の講習会のようなものをされた。
さらに「どうしても行きたいです」といっていた彼は去る10日、おそらく
一人で広島のもう一人の尊敬する川原作太郎さんを訪ねているはず。
いろいろ 伊路波
3連休の前の夕方。
5時30分だ。
なんだかみんなクッキーを作っている。
なんでか。?
映画いきたいなあ。
まあいいか。
伊路波の村びとの多和田さんが
市場の写真がださいからと言って、
年賀状でただでいいから物の写真を取らせて、って
言ってみえた。
その写真に市場が変わった。
ひまなら見てください。
船戸 行雄 さんのこと 021010
船戸 行雄 さんのこと [2002年10月10日(木)]
今日9日船戸クリニックのホームページを拝見させていただいた。
カルパ建築「天音の里」の建築主が院長の船戸崇史さん。ことしの元旦に交通事故で他界された自民党岐阜県連の幹事長で岐阜県会議員の船戸行雄さんのご子息である。ホームページに院長の言葉として、父親への哀悼の文に触れた。皆様にご紹介させていただきます。
資本主義社会はどこへ 021022
イギリスの一般の人たちが小金を投資して、
インドへの船にかけたことが資本主義の始まり。
東インド会社が最初の株式会社といわれている。
船が沈めば投資したお金はすべて失う。
船が貿易品を持って無事にイギリスへ帰れば大金もちと成った。
現在もその当時の成功者たちの末裔が貴族となっている。
現在の資本主義はどうだろう。
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