二度の自宅内での飛び降りも,何かを試すような感じがしていました。
幸いにも二度とも大した怪我もせずにいたのです。
ただやはりいずれも二ヶ月ほどの入院を余儀なくされました。
薬は増える一方です。
多剤処方で何がなにやらわからず、
まるで薬を食事のように服用しました。
“再録 ある道のり24~いのちの実相 7 事件1~” の続きを読む

再生大和 霞の中にて活動する
二度の自宅内での飛び降りも,何かを試すような感じがしていました。
幸いにも二度とも大した怪我もせずにいたのです。
ただやはりいずれも二ヶ月ほどの入院を余儀なくされました。
薬は増える一方です。
多剤処方で何がなにやらわからず、
まるで薬を食事のように服用しました。
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意志の強いっていうのと、強情っぱりとを
同じにしてはいけない。
広大無辺の大宇宙より更に心は大きい。

令和5年5月27日土曜日に、ほぼ一年ぶりに
テネモスさんご訪問をいたしました。
新しい予定次期社長さんへのご挨拶の為です。
テネモスさんの社員さんを含め5名の皆様から
大歓待を受け、冷酒まで賜りました。
昼食の素晴らしいお弁当をいただきながら
さまざまな意見交換をいたしました。
飯島さんが生前中に、お話をされた部屋である
「テネモスホール」でのお話会。
新しい次期の社長さんは、飯島さんの歩いてきた
数々の足跡を展示するかのようなお部屋を
きちんと整備されていました。
それだけで喜びが湧き上がりました。
さらに今までの商品群のパッケージの一新を
てがけられそれらをテーブルの上に並べてみえて、
随分と大変なことだったろうことが予想できました。
自己を鍛える最上の場所
河水の濁りを清めるには、まず遡ってその源を清めるほかに途はありません。
同様にわたくしどもも、自己を鍛える最上の場所は、結局は家庭のほかにはないでしょう。
かくして家庭生活こそは、実に人間修養の根本道場というべきであります。
もしこの趣が分かって、家庭おけるわが生活の根本的な立て直しの覚悟が決まったとしたら、もうそれだけでも、その人の態度の上に、一種の緊張が見られることでしょう。
すなわちそこには、未だかって見られなかったような凛子たる人間的緊張と、それに伴うゆかしさがうかがえることでしょう。
信念とは、人生を動かす羅針盤のごとき
尊いものである。
真の誠
真実の道は、一体いかにして興るものでしょうか。それには、「自分が道をひらくのだ」というような一切の野心やはからいが消え去って、このわが身わが心の一切を、現在自分が当面しているつとめに向かって捧げ切る「誠」によってのみ、開かれるのであります。
が同時にそれだけに、この誠の境地には容易に至りがたく、実に至難なことだと思うのです。と申すのも、お互い人間の誠には、「もうこれでよい」ということはないからです。すなわち、「もうこれくらいならよかろう」
と腰を下ろしたんでは、真の誠ではないからです。真の誠とは、その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、しかも常にその足らざることを嘆くものでなくてはならぬからです。