スリランカ 1

日本人で始めてルーブルでの模写を許された
版画家の人が愛知県の西尾市にみえます。
その方の版画のうちでひときわ私の目を引いた
作品がありました。
それは愛知県の豊川の奥深くにある村が関わりがあります。
花祭りで有名なその村の名は東栄町です。
水が豊富で村のあちこちから水が
湧き出ているのです。
その版画とはなんでしょう。
実は大きな地図に日本とスリランカも載っています。
そして日本のその東栄町の場所には大きな赤鬼が
鉾を持って立っています。
スリランカの方向を見ています。
その視線の先にはスリランカの上にキリッと 立つ緑のショールの赤鬼、
両者はじっと見つめ合うのか、にらみ合うのか、
対峙しているのです。
私にはその版画がとても気になって、東栄町には行ったことがあって、
夜中に花祭りも見させていただいたのですが、スリランカと
東栄町の赤鬼のイメージが脳裏に焼きついていました。
そしてその想念が呼んだのか、今回の旅。
スリランカを訪問させていただいて、わかったことがありました。

スリランカへ

明日26日スリランカへ参ります。
テネモスさんをあとに、国へ戻ったスリランカの人
マディカさんにご招待をいただきました。
日本とスリランカの二つの国の国籍を
持つことができたマディカさんです。
きっと新しい親日派の大統領のように、
両国の架け橋になって下さるものと思います。
名古屋のマディカさんのお友達ガネヒさんに
旅立ちに当たって、航空券のお世話になりました。
結局航空券は電子チケット、ビザは大使館のホームページでの
電子申請で取得。保険はクレジットカードに常時付いていて、
誰にも会わず、一切のペーパーなしでスリランカに行くことができます。
おそらく25年前の十分の一の労力で達成できます。
情報社会の到来は、処理スピードと情報の共有、そして
情報の通知の速さと量で身にしみて理解できます。
真っ黒の画面にc>と出て始まったパソコンでのキー操作の時代から、
CLOUD(雲)で情報を共有し、ソフトウエアを引っ張って、組み合わせる
時代が来ました。まさにホピの予言のようになっています。
そしてIT機器を世界のほぼどこにいても使うことができます。
インターネットはもう社会生活に欠かせない技術となっています。
ユビキタス(神はいかなるところにも遍満する)の時がきたり、
いよいよ世界が大変革を迎える予感です。
人類が進むべき方向に向かう時が来ているかのようです。

奇跡講座

一人で行う、自学講座である「奇跡講座」を終えた。
365日毎日毎日一章のみを読み日々実践する。
一日に一章だけずつ進む。
だがその第一日目「あなたのまわりに見えるものには何の意味もない」
で、え~~~~~~!!という感じ。(笑)
ある方から紹介されて3年目にやっと心が動いて実践してみようと
思った。本もいただいた。だからかもしれないが(笑)やってみようと
体も心も動いた。
その方には大恩がある。
終わってみて、とてもわかったとは言えないけれど何か嬉しい。
もともと「それにいた」ことから始まっていたはずだった。
おそらくもう戻らない。それは確信です。
それどころか、戻らないつもりでこの15年くらいは生きてきたのだから。
そのダメ押しのような感がある。
ワークブックが365日分の文章。
テキストはまた別の本。
このテキストはどこから読んでもいい。
そのテキストはまた凄い。
そのテキストのことのほうが心が洗われて、確信に至る手助けに
なるのかも知れない。
テキストは一度読み終え、二度目に入っている。
おそらく何度読んでも、100度読んでも新鮮さを失わないだろう。
イエスのことばと言われているのだが、イエスでなくても十分に
伝わってくるその真理の単純な繰り返し。
そして美しさ。
生涯の聖書。
真の聖書と言えるかもしれない。
私たちは抵抗する。
不変であるものこそ真理であるのに。
目の前の日々の変化こそが現実の世界と疑わないでいる。
そしてますます自我のトリックに迷宮入りとなる。
変化するものが実相と思い込み、不変なるものこそ実相だと気がつかない。
しかし変化するものによってこそ、不変なるものである実相を知ることしか
この現実に現われたのならば出来ないのも事実だ。
書物や人の口から、また御天画でも幾度「元ひとつ」を見ただろう。
そして聞いたのだろう。
そう思わなくても、元一つであることには変りがないけれど。
もし元一つならば、誰が誰を嫌うのだろう。誰が誰を愛するのだろう。
誰が誰を怒るのだろう。誰が誰を攻撃するのだろう。
誰が誰に感謝するのだろう。
誰かを殺せば、誰かに殺される。
戦争反対と叫べば叫ぶほど、平和は訪れない。
テロは絶対に赦さないといえば、テロはなくならない。
赦さなければ、赦されない。
あらゆることにあった時、相手を赦し、同時に意識してしまった自分を赦す。
その繰り返しの実践が人生と言ってもいい。
幾度もの繰り返しの中で次第に「元一つ」が確信となっていく。
そんな現象が現われてくる。
そしてやがては誰もがなつかしい「ふるさと」に戻るのだ。
戻るための旅。
万人が戻る場所がある。
なんて素敵なことだろう。
例外がないなんて。
すべてのことは自分が自分にしているのだから。

ある返信

人形141128.JPG
今毎日眠っている部屋にある人形です。
これは40年前に生まれた忍のお祝いにと、ある方から
いただいたものです。
この40年間に5度の転居をしましたが、ずっと一緒にありました。
私にとってはとても思い出深く、決して捨てることなどできないものです。
人形ケースの奥の方が始めの人形で夫婦と子供一人でした。
それから時が過ぎ、3人の増加があって人形を一つずつ足してきました。
一番最後が末娘で色が白かったもので、白い人形に
したのでした。
家族6人の人形ケースです。
その中の一人が今年の6月に欠けてしまいました。
お年賀の辞退おはがきを送りました。
幾枚かの返信のお便りに、この人形を下さったYさんからの
ものがありました。
Yさんは私が今日在る大恩人のお一人です。
伊路波村の過去記事にYさんのことを書かせていただいてました。
また返信にあるUさんのこともあわせて書いてありました。
もしよろしかったらYさんとUさんのことを読んでみてください。
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「堅い人」      2005年(平成17年)7月1日
今日は雨。
カラカラ名古屋に久しぶりのお湿り。
みんなホッとしているのだろうか。

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高倉 健 さん ありがとう。

映画のシーンに無言で登場するだけで
泣けてしまう俳優 高倉 健さんが天へと戻りました。
さまざまな検索をしていましたら、井口さんの
ブログに 健さんのエピソード集がありました。
シェアさせてください。
つぶやき「あなたに誉められたくて
井口さんブログ 「高倉健さんが逝った!」 ここから
新作映画の撮影中、いつも持ち歩いていた台本に、1枚の写真を貼り付けている。
震災の残骸の中、唇をかみしめて歩く少年。新聞から切り抜いた。
「宝物です」。
被災地を思う高倉さんは「人生は切ない。
切ないからこそ、何かに『うわっ』と感じる瞬間がある」と語る。
『幸福の黄色いハンカチ』の冒頭で、刑務所から刑期を終え出所した直後の食堂で、女性店員についでもらったグラスに入ったビールを深く味わうように飲み干した後、ラーメンとカツ丼を食べるシーンがある。
その収録で「いかにもおいしそうに飲食する」リアリティの高い演技を見せ、1テイクで山田洋次監督からOKが出た。
あまりにも見事だったので、山田が問い尋ねると「この撮影の為に2日間何も食べませんでした」と言葉少なに語り、唖然とさせた。
真冬の福井へロケに行った際、高倉は休みの日だったが、ロケ現場へ激励に現れた。
厳冬下であったので、出演者・スタッフは焚火にあたっていたが、高倉は焚火にあたろうとしない。
スタッフが「どうぞ焚火へ」と勧めたところ、高倉は「自分はオフで勝手に来た身なので、自分が焚火にあたると、皆さんに迷惑がかかりますので」と答えた。
このため、スタッフだけでなく、共演者も誰一人申し訳なくて、焚火にあたれなかったと発言している。
やがて「頼むからあたってください。健さんがあたらないと僕達もあたれないんです」と泣きつかれ、「じゃあ、あたらせていただきます」となり、やっと皆で焚火にあたることができた

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いのちの実相  ここにいながら故郷に帰ること

よく考えてみましたら、何かの直感が湧いたときは
もうすべてあきらめて絶望感に至ったときとか、
この肉体が危険になったときとかでした。
(肉体の危険は、なにかしら分からない声がある)
車にぶつかって、体が飛んだ時は「ぼく 大丈夫?」。
経営の方法、方向が分からずどうしたらいいんだろうかと
思い悩んだとき。「外に出なさい。!」
娘が薬を抜き快方に向かっていながら、
再び元の状態に戻ってしまったときの絶望の中では、
「セカンドオピニオン!」
いずれも短い言葉です。
それで、神の声ってあるんだろうかとネット検索してみました。
ありました。
それは「魂のインターネット」というページでした。
「神の声」
http://members.jcom.home.ne.jp/dawn-watcher/99_blank006178.html
あとほかのページも興味深いです。
あとがきから読むと、著者の体験があります。
人間はどのようにして神の国から幻想の世界に来たのかは
大人の童話にあります。
「エデンの園の地下洞窟」
http://members.jcom.home.ne.jp/dawn-watcher/99_blank006185.html
「自他の合一」では「私はあなた」を明快に説明しています。
http://members.jcom.home.ne.jp/dawn-watcher/99_blank006175.html
そしてこの本の参考図書の一番目に「奇跡講座」があったのです。
いずれにしても人間は究極の絶望感に至ったときに
新しい展開が与えられるので、とにかくその声や直感に
したがって行動することが大切と、体験から教えられました。
もしそれで行動しないでいると、もったいない感じです。
ここにいながら、体を持ちながら少しでも「ふるさと」に
近づくことができれば、それが人間にとってとても大切なことのように
思うのです。
その道の途中では、幾度も不安感におそわれます。
そしてみんな消えてしまって、人間的な喜び悲しみ
楽しみや変化を味わうことができないのではないかと
疑いを持ちます。
そのような思いこそが自我さんの栄養になるようです。

いのちの実相 その後 「飯島秀行氏講演録」から

1 相手の意識圧を上げることこそ仕事。
2 生かしていく世界(空)から見ていくと、70億は一人。
3 子供は女性が生まない。
4 魂といのちは異なる。
   全我ー生命体ー完全なフリーエネルギー
  
   個我ー魂
5 生まれつき全員が病気。
  一生健康な人は、一生意識の変化がなかったということ。
6 イエスは死のないことを知っていた。
7 空が自分(光) 自分で自分を見ている。
  景色は幻という壁。
8 真の自分は宇宙である。
9 意識のみは天に持って還ることができる。
10 空から生まれたら、空に還る。
11 たった一つのいのち。人間は神の化身。
12 神は意識には絶対服従。
13 悟った人は何でもOK! そして悟りが分からない。
14 瞑想しか実感できない。
15 本質体験はやみつきになる。
16 神は無形にして無双なり。
17 神は汝の内にある。
18 亡くなった人は子供の心臓にいつもある。
   父方ー精子
   母方ー卵子
19 現在が0 宇宙には0しか存在しない。
20 空から話せば70億の人に届く。
21 神にゆだねて生きる。天使、天が動かしている。
22 意識してできるものはない。
23 空を我として生きるものに、喧嘩はない。
24 苦があるということは、思いが不正。
25 たった一つのいのちがすべてを動かしている。
   委ねていくとトラブルがない。
26 ノーと言わない覚者。(イエス)
27 本来は何も動いていない。(0)
28 自我からの脱皮が必要。
29 霊界は無形にして無双、人間の内に存する。
30 宇宙にはたった一人の私がいる。
   私の分魂が自分。
31 神(0)に融合するには、無念無想になって瞑想するしかない。
32 人生の目的は分離感をなくすこと。
33 日常24時間 無念無想。
34 人間は自ら生きていない。すべてロボットのようなもの。
35 言葉も五感も物質。
36 この世において、自分に無関係のものは一物もない。
37 悟りとは永続性を知ること。(死なない)
38 人間卒業のために人間になる。
39 人間は本源からの分魂。
40 無限世界は、始まりなく、終りない。
41 プラスマイナスのサイクルはあるが時空間はない。
42 宇宙大(不変)の私がいて、分魂が動いている。
43 見えない世界が私。
44 他人がいるという意識は個我
   自分しかいないという意識は全我

いのちの実相 その後 「神の教師」から

「神の教師」 から
1 寛容 審かない。
2 優しさには喜びが伴う。
3 質素 防衛しない。
4 否定しない、手放す気前よさ。
5 偏見を持たない。
6 「真の学習」とは、学んだことを忘れさせようとすること。
7 決心は体で決めない。
8 病気になるのも「心が決める」 直ちに治らない病気は一つもない。
9 病気の人が癒されるためには、ただ一緒に喜べばいい。
10 神の教師がただそばに、いるだけでもう一つの選択が
   あることを思い出す。
11 判断の放棄。(判断はできないのだと知ること)
12 そこに来ては涙を流したところで、今は笑っている。
13 身体を延長に使うか、それ以外に使うか。延長に使えば神聖なものとなる。
14 役に立つ時期が過ぎたら、ただ横たわる。それを決めるのは心です。
15 犠牲とは錯覚を信じるという代償。
   (自分の欲しいものをあきらめること)
16 この世の終わりは慈悲を思わせる錯覚のうちに終わる。
17 一人の教師の癒しが、すべての世界を統一する。
18 癒し(贖罪)とは、過去から完全に逃れ、将来には何の興味もないこと。