美輪 明宏さん 020710

幼い頃のこと。
洗濯機が初めて家にきた時の驚き。
毎日洗濯が楽しくて仕方なかった。
洗濯物はしわまるけだったけれど。
テレビはなかなか買えなかったようだ。
近くのお菓子屋さんが子供たちのテレビの
溜まり場。5円か10円のお菓子を買って、
何時間もねばった。


家にテレビが来てからは、毎日の楽しみ。
高校生の頃だったろうか、テレビのなかに魂をみた。
丸山 明宏さんが「よいとまけの唄」を歌っていた。
毎日毎日休みなく4人の子供のために働き続けた母。
そんな母が恥ずかしかった自分。
「今日も聞こえるよいとまけの唄よ
いつも聞こえるよいとまけの唄よ
工事現場の昼下がり---
----
かあちゃんの働く顔をみた--
------- 」
僕は聞きながらぼろぼろ涙を流していた。
戦後のこの国の復興隆盛期。貧しいながら希望をもって働く
国民のこころにこの歌は勇気を与えた。
この5月初めて、名を変えた美輪明宏さんの舞台をみた。
「葵上、卒塔婆小町」
凄い舞台だった。
そして先週富山の永森さんが来名。
「美輪さんの講演を聴いたよ。
凄かったよ。よびたいなあ。」
今朝、恵那の蓑島さんからメール。
「11月9日(火)に美輪さんのリサイタルが
あります。先行予約でチケットとりました。」
嬉しいメールでした。
今年は美輪イヤーになりそうです。
ありがとうございます。
*美輪明宏さんの生い立ちヒストリー
紫の歴史