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昭和20年の暮れは慌ただしかった。そんな中で9日 NHKラジオが「真相はこうだ」という番組を開始し、真珠湾攻撃四周年に当たる12月8日に合わせて放送を開始した。10回シリーズで、NHK第一・第二、日曜午後8時からのゴールデンタイムで、30分の同時放送であった。もちろん、
一人でも多くの人に聞かせるためだったのである。
GHQで教育やメディアの改革を担当していた民間情報教育局(CIE)のラジオ課が、NHKに陣取り脚本・演出を手がけたが、表面的にはNHK制作の形を取る。ところが、「真相はこうだ」との放送は事実に反することが多く、反発する投書がNHKに殺到した。戦地にいた兵士など、自分の体験したことと真逆のことが多かったからである。
しかし、これらが報道されることはなかった。この戦争で日本人の考えを間違った方向へと誘導する、洗脳が開始されたのであった。今もその嘘番組をNHKはテレビで報道している。
今の人は事実を知らないので、この嘘を信じてしまうことが多く、その弊害は計り知れないものがある。先の戦争に関する日本のメディア報道は見るに堪えない。
21年5月から始まる東京裁判に向けての国内世論作りであった。当時はまだテレビというものはなかったので、新聞・雑誌と並んでラジオがメディアの主体であったから、NHKを占領軍が占拠し、彼らの都合の良いように報道したのであった。
前日8日には、既に日本の全新聞にGHQ作成の「太平洋戦争史」の連載を開始させている。執筆者は戦時情報局職員(OWI)・GHQ民間情報教育局企画課長のB・スミス氏であった。日本国民はこの時「太平洋戦争」なる言葉を初めて聞かされた。真珠湾攻撃で大東亜戦争を開始したこの日を狙っての宣伝工作を開始したのであった。
「大東亜戦争」なる呼称を禁じ「太平洋戦争」なる呼称を強要した。ラジオ放送は勿論のこと、新聞・雑誌は全て「太平洋戦争」と報道されるようになった。本来の「大東亜戦争」なる言葉は「八紘一宇」なる言葉と共に使用禁止となった。
12月15日、GHQから「神道指令」が発布され、神道を一宗教に貶めた。宮中祭祀は国務ではなく、皇室の私的行事とされた。この時、昭和天皇は「せめて形だけでも洗礼を受けておこうか」と真剣に悩まれた。国民のためにと言う思いから真剣に悩まれたのであった。
ところが、相談を受けた賀陽宮恒憲王がこれを思い留まらせられた。賀陽宮恒憲王は伏見宮家から分かれた賀陽宮家の王であり、陸軍大学校長を務められ、早くから大戦終結の聖断を昭和天皇に求めておられた。しかし、この時の昭和天皇のお考えには断固として反対された。さすが宮家の重鎮は、些かもぶれることはなかったのである。
やはり、藩屛としての宮家は極めて重要な存在である。宮家は皇位のスペアとしての機能を果たす存在であると同時に、こうした重大事項について、天皇の真の相談相手としての役目を担っていたのであった。宮家は藩屛であると同時にご意見番でもあった。
この時の「神道指令」が日本の国体破壊を狙ったものであることは、今となって良く理解できる。奥の院・ディープステートは、日本の国體をよく研究していたことが分かる。日本人の精神破壊をすることによって、日本の国体を破壊したのであった。ここから「政教分離」という言葉が生まれ、日本国民と天皇の絆を断ち切ってしまった。切られた絆を繋ぐのは国民の側である。
天皇が国民にお話になる言葉は詔勅として国民はこれを承る(詔を受けて謹む『承詔必謹』)。ところが、その後、押しつけられた日本国憲法では、この詔勅は無効とされている(憲法98条)。そして、悲しいことに、憲法改正を叫ぶ保守派の人の中に、この詔勅無効条項の改正を言う人はいない。この保守を標榜する人たちは何を考えているのか良く分からない。そこに「国體護持」の思想が全くないことに驚く。彼らは左翼と同じ国體破壊者である。