2638「約束の日」2022.3.16 自分で自分を自分するから

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今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年03月11日の「約束の日」と2022年03月12日「卒業式」の2つの記事を紹介します。

「約束の日」

3月11日 11年前のこの日、東日本大震災が起こりました。

犠牲者18,425名、その後に起きた原発事故により、故郷を失った沢山の方々。

その方々への想いを新たにし、世界の平和と、生きし生けるものの幸せを願います。

出口王仁三郎の予言では

この日は神々の視点から見れば、神々の起こす「建て替え」のスタートの合図。

そして、私たち日本人の集合意識にとって「約束の日」でした。

自然の猛威の前に私たち人間は為す術なく、多くの人命が奪われ、

そしていまだに行方不明の人も沢山います。

大切な家族を失った人も数知れず。

そして故郷に帰ることもできず、異郷の地で暮らす人々もまだいらっしゃいます。

同時に発生した原発事故により、直接的な震災の被害だけでなく、

多くの国土が汚染され、今も沢山の人が命の危険にさらされています。

でも、それでも、 この日は私達日本人の「約束の日」でもありました。

なぜなら、多くの血と、悲しみの犠牲のもとにこの日を境に、

私たち日本人の意識が目覚めました。

敗戦をきっかけとした占領軍による戦後処理

日本国民に気付かせない巧妙な植民地化政策や、3Sと言われる愚民化政策のもと、

自分の頭で考えることをしなくなってしまった私たち多くの日本人が、

・生き方も、精神性も 、本当に今のままで良いのか? 

・政府や国は、本当に私たちを親身に守る味方なのか?

・想像もできないほど沢山のお金の動く原発は、本当に私たちの為にあったのか?

・国、官僚(公務員)は本当に道徳的な善に根差した考え方で行動していたのか?

・会社や地域社会において、本当に思いやりの精神が機能していたのか?

私達を守ってくれると信じていた 社会や政府は、

実はとっても脆くて、実体がなく、私たちの安心安全な日々の暮らし、

「本当に生きる」こととは何の関係もなかったこと。

本当に生きるとは、 朝起きて、お母さんは家族のご飯を作り、

子供は学校へ、お父さんは仕事へ、夕方や夜には皆が家に帰って来て、

その日の事をおしゃべりしたり、ご飯食べお風呂に入ったり、、

そういった何気ない日々の平凡な暮らしではなかったか?

私たちが、「絶対」と信じている「社会」は、

自然の法則とは全く関係のない、単なる約束事

「契約」とその「認証」でできていること。

無意識に信じ、期待していた、思いやりと愛の絆ではなかったこと。

そしてそれらは、

意外と脆く(もろく)、崩れやすい事。

それに対して、自分の感じる力と直感は、いつでも正しく自分を導いてくれていたこと。

そして、それを生かすも殺すも自分の行動力次第だということ。

人間の霊性は正しく、その人間性と等価である

ということ。

私たちは間違いなく、

たくさんの生命の生きる、この地球の上で生きているのだということ。

今も沢山の命が亡くなり、そして沢山の命が放射能に晒され、

弱い子供たちの未来が奪われ続けています。

このように悲しく大きな犠牲を払い、そして多くの血を流し、

私たち日本人はこの「約束の日」を迎えました。

多くの方々の犠牲のもと、私たち日本人が手に入れたもの・・・

それは意識の目覚め  それは 2011年3月11日 の出来事でした。

私たち残された国民の精神が目覚めなければ、犠牲となられた方々に、申し訳が立ちません。

私たちの意識、精神が

より、

・思いやりを持って

・お互いの違いを許し

・助け合い

・励まし合い

・笑顔で

・ともに生きていくこと

神々の起こされた「建て替え」を引き継ぎ、精神性の復活の世を創っていくために、

私たち残された者に託された「立て直し」の時代が始まっています。

それを援護射撃する沢山の神仕事も動いています。

最後となりましたが犠牲となられた方々のご冥福と、残されたご家族の皆様のお幸せ、、

そして今、悲しみの淵にあられる方々の 魂の救済を願い、お祈りいたします。

「卒業式」

卒業式のシーズンですね。

今日は「卒業式」にまつわるお話をご紹介します。

子どもたちの 「いじめ」 が深刻な社会問題になり、

国会でも取り上げられる昨今、心温まるお話しです。

<引用開始>

小松まり子さんというお母さんがおられて、その方のお子さんの足が不自由で、

小学校の六年間、車椅子で通っていたんです。

六年間・・車椅子の後押しをしたのは、近所の子どもたちでした。

毎日当番を決めて、登下校の後押しをしたのです。

来年から中学・・みんなと同じ中学に行けると思ったら・・

教育委員会から

「お宅のお子さんは、体が不自由だから

設備の整った肢体不自由児の中学校に、転校してください」って言われたのです。

ご両親は納得されたのですが、友達は納得しませんでした。

六年間一緒に通ったんだから、中学も一緒でいたい・・署名運動までして嘆願した。

「エレベーターが無くても、トイレに1人で入れなくても、

僕らがいます・・ 車椅子を担いででもやります」って言うんです。

そんな約束までして・・また三年間、一緒に中学に通ったのです。

三年生の最後の日・・卒業式の日に、一緒に卒業したかったのですが、

身体不自由なうえに弱かったものですから風邪を引いて卒業式に出られなくなったのです。

いつものように迎えに来た友達に、ベランダから「九年間ありがとう!」とお礼を言った。

『じゃ・・お前の卒業証書貰ってきてやるよ』と、友達は登校していった。

お父さんも「今日は早く帰るから・・一緒に卒業を祝おう」と言って出かけた。

お昼にチャイムが鳴ったので、

お母さんがドアを開けたら・・お父さんではなかったんですね。

卒業式を終えられた校長先生が、卒業証書を、わざわさ息子さんのために持ってこられ・・

各学年で担任をされた先生方も・・

小学校からズ~と車椅子を押してくれた生徒たちも・・一緒に来てくれたのです。

校長先生は『お子さんのお部屋で、卒業式をやらせてください・・』 とおっゃった。

みんな部屋に集まった・・

お子さんを前に、校長先生が卒業証書を読んでくれた。

先生方は「よく頑張ったね!」と握手し 、友達は、周りを囲んで校歌を歌ってくれた。

お子さんは、車椅子に座って証書を握りしめ、泣いていました。

お父さんもお母さんも、涙が溢れて止まりませんでした。

お父さんは、部屋のみんなに、喉を詰まらせながら、お礼を言いました。

『息子は・・皆さんの心温まる援助のお蔭で、

無事小学校と中学校の両方を卒業できました・・

何を学んだかは 本人に聞かないと分かりませんが・・

人から受ける優しさほど、人の心を豊かにしてくれるものはない・・

ということを学んでくれたら、それだけで十分です』

NHKふれあいトークより

<引用終了>

九年間、車椅子を押し続けてもらった少年。

少年のお父様が言うように、

何事にも変えられないほどの素晴らしい体験を通して、

それまで以上に、優しく思いやりある人生に変わられたと思います。

ですが、もしかしたら この少年以上に 「心の豊かさ」を手にいれたのは

九年間車椅子を押し続けた同級生たちかもしれないですね。。

お互い様、お陰様。有難いことですね。

優しい気持ちを引き出してくれた車いすの少年に感謝ですね。

相手を思いやる気持ちを感じ経験した同級生たちは、

それ以降の人生、きっと真の幸せを手にすることでしょう。

この地球で、こんな仕組み、こんな素晴らしい経験をさせて下さる、

それぞれの登場人物の、内に居らっしゃる神様に感謝ですね。。

私たちにとって、自分の心、周りの人々の心の中に

神さまを発見すること以上に、幸せな体験はありません。

そのために、私たち人間は、神々に似せた身体をお借りし、

大本の神々から分離して宇宙のあらゆる次元の旅に出たのですから。

それらは、いつも何気ない日常の中に隠されています。