奥の院通信から R4 6/1 「世界統一政府構想」

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フリーメーソンなる言葉はよく聞くし、活字にもよく現れる。しかし、秘密結社であるから、中味は良く分からないままである。会員に内部の情報提供を、厳しい罰則のもとに厳禁しているから分からないのは当然である。

 フリーメーソンは昔、欧州諸国にあったロッジ(組合)のうち、英国に残っていたものに、貴族や一般人たちも出入りするようになり、やがて「地上に楽園を築いて人間を改造する」ことを目指す団体として、1717年に近代フリーメーソンの最初のものが姿を現した。

 そもそも、フリーメーソンはキリスト教徒にしか入会を認めていなかったので、ユダヤ人の入会は認められなかった。そこでユダヤ人は「宗教的寛容」と叫び、長年入会を試みて無理矢理門戸をこじ開けたのであった。そして、ある時期から突然多くのユダヤ人たちも入会するようになり、ユダヤ人のロッジも増えて、やがてその主導権をユダヤ人たちが握るようになる。フリーメーソンのユダヤ化と言う現象が出現したのであった。

 最初、何故彼らはこの団体に入りたがったのかは、未だに不思議であるが、今となっては彼らの打ち出す政策を強引に推進するためには、なくてはらない結社となった。彼らはフリーメーソンを乗っ取って、その中味も換骨奪胎し、彼らのための秘密結社としてしまったのである。

 清教徒革命(王殺し)と名誉革命(王位簒奪)を成功させ、ユダヤ人に支配される王国となった英国は、このフリーメーソン組織を、帝国主義的外交による世界列強への干渉支配する体制として確立し、印度その他の植民地の経営拡大のために活用する策を建て、欧州各国にそれぞれフリーメーソン組織を造っていったのであった。

 中でも1773年にフランスに創立された大東社(フランス・フリーメーソンロッジ)は、特に各国の革命と王・君主の暗殺を目指す結社組織であった。国家といっても、人間の集団化の習性から生じた秩序で、あくまでもそれは人間を保護する機関であり、君主はその単なる機関、道具に過ぎないとして、それぞれの国のその機関を瓦解させ国家の解体を策したのであった。

 1782年には、ヨーロッパ中の高級メイソンたちがドイツに集まって、フランス革命の計画とルイ16世の処刑とを決議している。1806年、ナポレオンがドイツに入り、ドイツ民族の神聖ローマ帝国を解体し、ベルリンを陥落させた時、ドイツ国民の自尊心が深く傷ついて独立心も弱まった。しかしここで多くのドイツ人メイソンたちは、逆にこれを悦んだのである。

 フランス革命もユダヤ・フリーメーソンの仕掛けた大事業であった。これは、ヨーロッパのゲットーで「自由」を制限され、ヨーロッパ人から差別されて「平等」に取り扱われなかったユダヤ人の政治的願望と要求とを実現した革命であった。ユダヤ化されたフリーメーソンらが彼らに代わって「友愛」を表示しこれを大義名分にした革命であった。

 この時の革命資金は英国の首相ウィリアム・ピットから出ている。英国にとっての最大の利益は、フランス、ことにブルボン王朝の崩壊にあった。そのためには金に糸目は付けなかった。
 この革命も先ず暴動から始められている。まず国都パリ市内への生活物資の流通経路封鎖が行われた。食糧の枯渇を謀ったのである。市民の飢餓への恐怖を狙い、パニックを醸成することがユダヤ・イルミナティ・フリーメーソンの戦術であった。

 フランス革命にフリーメーソンは関係していないという説もあるが、それは事実ではない。大革命百年後、パリで開催された国際フリーメーソン大会で、大東社評議員長は革命百周年記念を祝し、その開会式で、「自由・平等・兄弟愛」という、フリーメーソンの輝かしい標語の下で遂行された「我らの輝かしい革命」と言う表現を用いて、その大革命を賛美している。
 更に同大会初日における第一の演説者は、「バスティーユ監獄を破壊した1789年こそ、前世紀のフランス・フリーメーソンの勝利を意味する」と断言しているのである。

 フリーメーソンの陰謀によるフランス革命の成功は、ユダヤ人にとっては、ユダヤ迫害の主体である各国の君主制の一つの牙城ブルボン王朝を倒したことにある。そしてユダヤ人がヨーロッパ人を打倒し、全ヨーロッパの君主制を倒し、長年にわたる欧州市民と王侯とによるユダヤ人迫害に復讐し、今度は逆に、世界の支配権を握って世界統一政府を造るという計画実現の端緒を得たとしている。