2716「心を受け取る」2022.6.2 自分で自分を自分するから

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今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年05月27日の記事を紹介します。

「心を受け取る」

誰かが何かをプレゼントくださった時、もしそれが、自分の嫌いなものだったら、

「なんでこんなもの」と嫌な顔するのか、

それとも、相手の方の心をおもんばかり、その人が プレゼントを選ぶ時

・私の笑顔を想像して、選んでくれた物であるから

・私の喜ぶ顔が見たいと思ってくださったから

と物ではなく、相手の方の、その心を受け取って、笑顔で喜んで、それを受け取るのか?

あなたはどちらですか?

その時は嫌な顔をしなくとも、相手がいなくなった途端

ゴミ箱行き・・なんてことはありませんか?

今日は、このことに関して、ブッダのお話をします。

ブッダが亡くなる直接的な原因は「毒キノコ」でした。

<引用開始> 引用元

翌日のこと、仏陀はアーナンダと数名の弟子を連れて、鍛冶職人のチュンダの家に向かった。

仏陀たちは、作法に従って、席についた。食卓には、地方の村にしては豪勢な食事が並んでいた。

食事も終わろうとしていた時、チュンダが言った。

「最後になりますが、とても珍しいキノコのスープを用意いたしました。是非、お召し上がりください」

食卓にそのスープが並べられた。

すると仏陀が

「このスープは、修行者には食べられない。如来しか食べてはいけないものだ。すべて私の前におきなさい」

といったのだ。そして、仏陀一人でアーナンダら修行者に出されたスープを食べてしまったのだった。

その仏陀の姿を見て、修行僧たちは心の中で

(世尊にしては珍しい。いったいどういうことだ)

(世尊はどうされたのだ。あまりにもいやしいではないか・・・)などと思っていた。

仏陀は、そうした修行僧の心の中を見抜いてはいたが、何も答えず

「残ったスープは、家の隅に穴を掘って埋めてしまうこと。決して、誰も食べてはならない」

とチュンダにきつく命じたのだった。

チュンダの家で、食事を済ませ、一通りの教えを説いた仏陀は、

「他の長者の接待は断るように。すぐに旅に出る。クシナガラを目指そう」

とアーナンダに告げた。

仏陀たちは、果樹園で修行をしていたの残りの修行僧たちと合流し、旅へと出たのだった。

その途中、仏陀に異変が起きた。激しい腹痛と嘔吐が襲ったのだ。

仏陀は、歩くことができなくなり、木の傍らに身体を横たえた。

「しばらく一人にしてくれ」仏陀はそういうと、静かに眠り始めた。

その様子を見て、アーナンダたちは一安心し、仏陀のそばを離れたのであった。

しばらくして、不気味な笑い声が響いた。しかし、その声は仏陀にしか聞こえないものだった。

「うわははは。仏陀よ、約束の3カ月が来た。お前ももう終わりだ」

注:マーラーとは悪魔のこと

「マーラか。そろそろ現れるころだと思っていた。約束のことは覚えている。

だからこそ、あの毒キノコのスープを私が引き受けたのだ」

「わははは。バカなヤツだ。わざわざ自分から死を選ぶとは。

あんなものは、弟子に食わせればよかったのだ」

「マーラよ、お前は勘違いをしている。毒キノコのスープはきっかけにしか過ぎない。

あのスープを私が口にしなくても、私には別のことで死が訪れよう。

それがわかっていて、なぜあのスープを避ける必要があろうか?。

肉体の死へのきっかけを先に延ばせば、さらに苦しみは増大するであろう。

ましてや、毒キノコのスープとわかっていて、弟子に飲ませる者がいようか?。

マーラよ、お前は何が欲しいのだ?。

私の死が欲しいのであろう?。ならば、静かに待つがよい」

「ふん、死にかけのくせにエラそうなことを言うな!。

ふっふっふ、しかし、チュンダも罪な奴よ。仏陀を殺した者になるのだからな。

毒キノコのスープを飲ませ、ブッダを殺した犯人はチュンダだ。

あの者は、多くの人々から罵られ、そしられ、叩かれてひどい目にあうだろう。

それもお前があのスープを飲んだからだ。

お前が飲まなければ、チュンダも罪を犯さずに済んだものを。

チュンダは、これで地獄行きだな。最も苦しい地獄行きだ。お前がそうしたのだ、仏陀。お前のおかげで、チュンダは苦しむことになるのだ。わはははは」

「黙れマーラよ。口を慎むがよい。

チュンダは、地獄に行かぬ。むしろ天界へ生まれ変わるであろう。

仏陀に最後の接待をした者して、大きな功徳を得たのだ。チュンダには罪はない。

毒キノコのスープが食卓に出たのは、すべて自然の導きであり、真理なのだ」

「くっそ!、あーいえばこー言いやがる。

死にそうでフラフラのくせして、偉そうなこというな!」

「マーラよ。そんな悪態しかつけないとは、見苦しいものだ。哀れなものだ、マーラよ。

私の肉体の死は間もなく汝のものだ。それまで静かに待つがいい」

そういうと、仏陀の顔色がにわかに戻ったようだった。仏陀は起き上がった。

従者のアーナンダは、

「世尊のこの体調不良は、チュンダのキノコのスープが原因ではありませんか。

もしそうならば・・・」と仏陀に尋ねた。

「アーナンダよ。私は、もう食事はしない。

水のみを口にする。したがって、チュンダの食事は如来が取った最後の食事である。

如来の最初に食事を供養した者と如来に最後に食事を供養した者は、同等の功徳を得る。

よいか、誰も決してチュンダを責めてはならぬ。

チュンダには私から話をしよう」と仏陀は、力強く答えたのであった。

仏陀が病で倒れた、と聞いたチュンダは、「もしや・・・」と思っていた。

もしかしたら、あのキノコのスープにあたったのではないかと思い、

どうしていいのかわからず、家の中に閉じこもってしまっていた。

仏陀の体調が悪いのは、チュンダのせいではないか、という噂もそろそろ出始めていたのだ。

アーナンダは、チュンダの家に行き、

仏陀が快方に向かっているから来るようにと告げた。

チュンダは、大いに喜び、仏陀の元へと向かった。

仏陀は、木にもたれながら、チュンダに優しく話をした。

「チュンダよ、汝の接待は大変良いものであった。気に病むではない。

しかし、キノコには、毒のあるものがある。有毒か無毒かは、専門家にしかわからない。

今後は、山で取ったキノコの料理は控えるがいいであろう。

今まで誰も死者が出なかったのは、たまたま運が良かっただけのことである。

キノコを食べたいのならば、市場で買ってきたほうがよい。

よいか、チュンダ。汝には罪はない。

私は汝の接待を受けなくても、寿命がやってくるのだ。

汝の接待を受けなかった場合、おそらくは毒蛇にかまれていたことであろう。

死というものはそういうものである。

それが来るときは、山に逃げても海に潜っても、

どこへ逃げ隠れしても、逃れることはできないのだよ。

だからこそ、今を大切に生きることが必要なのだ。

チュンダよ、汝、罪を犯さず、善行をし、布施の心を忘れず勤めなさい」

チュンダは、涙を流して喜んだのであった。

<引用終了>

ブッダは既に完全なる悟りを開き、宇宙の真理を把握していましたので、

鍛冶職人のチュンダの接待のキノコスープが毒であることは十分にわかっていました。

ですが、ブッダは敢えてそれを拒まず、ブッダ達を喜ばせたい、笑顔になっていただきたいというチェンダの心を受け取り、お飲みになりました。

そして亡くなりました。

ですが、決してチェンダを責めることなく、逆に栄誉を与えたのです。

とかく私たちは目に見えるものしか把握できないために物を見て、

・自分に必要の無い物

・嫌いな物

であれば、決して贈ってくださった、その人の心を見ることなく

嫌な顔したり、すぐに捨てたりと、邪見に扱うかもしれません。

私たちは心が織りなす世界に生きています。

見える世界も、その後ろに控える、広大な見えない世界も

全ては、私たちのこの小さな体の「心の中」にあります。

心こそが、全ての世界を包括するものです。

心が変われば、全ての世界が変わります。

私たちの心が温かな思いやりや愛で満たされていれば、

全世界が、そのような暖かな世界に一瞬で変わることでしょう。

誰かの悪口ばかりを言い回り、憎しみや疑心暗鬼、嫉妬の心でいれば、

全世界が、自分を責め立てる修羅の世界に変わることでしょう。

どんな時も、相手の方の心を推し量り、大切にしたいものですね。

物質である物は、そのずっとずっと後からついてきます。

イエスの黄金律ではこう言っています。

「自分のして欲しいことを、相手の方にして差し上げなさい」

皆さんが、ご自分の心の中にいらっしゃる神さまに気づき、お幸せになりますように。