随想 伊路波村から105〜人の役に立って旅立つ人

17年前、テナントビルを建てる事を決意した。

都会名古屋のオフィス街。
住む人々は都会を離れ、町内の少子高齢化は
一段と進んでいた。

なるべく長く、親族が争わないように、そして都会の土地が
多くの人々に利用されるようにとの願いを込めた。
そして17年が経過し、その願いどおり多くの方が毎日
ビルに足を踏み入れるようになった。

一階正面から上り階段で入れる2階には、
当初電力系のポケベルの会社が入居した。

そのご縁で会社の新しい事業として、移動体通信を
取り扱うようになっていった。
情報の世界へ足を踏み入れる
きっかけとなったのだ。

全国でも次第に増えていった電力系のポケベルは
NTTのそれより値打ちで人気も増していった。

販売の営業にはさまざまな職種の方が
新しい事業と位置付けて参入してきた。

私たちとともに販売に携わった人に、縁戚にあたるMさんがいた。
彼は自動車の修理工場の経営者。
いつも会社を訪れるときには、その弁舌の爽やかさ、
持って生まれた営業の才覚は修理工場の経営者より
優れていると思えたから、
代理店をお願いすると快く引き受けてくださった。

かれはやはり思ったとうり、新しい事業にとても力を入れた。
そしてポケベル獲得数はこちらよりもはるかに多かった。

だが時折見せる体の不調なようすを隠す事はできなかった。
修理工場を訪ねたある日、私は奥様にそれとなく
たずねてみた。
奥さまはしばらくおしだまったあと、こういった。
「主人はほんとはガンなんです。白血病です。」

なんとなくの予感はあたった。
それでも彼は余命がほとんどないといわれていたにも
かかわらず、新しい仕事にいのちをもやし、
体調が回復し随分元気になられて、5年がたった。

その間に土地をてあてし、マンションも建設する。
自らも住むマンションもでき、嬉しそうにそのことを語ってくれた。
もちろんマンションの建設業者はポケベルの一番の需要家になる。

そんなある日奥さまから入院の知らせ。
白血病の悪化。
お見舞いの日、部屋に入りつとめて明るく話すこちらの目をみる
こともできず、無念さにだろうか、背をむけて恥ずかしがった。

それからおよそ10日後彼は逝った。
思い出多い修理工場で行われた葬儀に参列。
奥様は気丈に話かけられた。

「うちのひと ほんとにい仕事ができてよかった。
ポケべルでみんなによろこんでもらって、
寿命が5年ものびたよっていってました。」

とボロボロ泣きながら。

ビル建設から18年目を迎えた今年、
今はポケベルの会社はなく、その部屋には美容室が入居している。
上弦のおぼろ月がビルを照らしている。
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そしてその15年後の今日 会社の本社となったのです。