伊路波村だより  縁の中に生かされて

3月になりました。
すこし水がぬるんで お掃除も楽ですね。
朝の風もやわらかになりました。
今年は5月21日の朝7時30分頃
金環日食が日本の広い範囲でみれます。
300年ぶりくらいとか。 金星が月にかくれたり
太陽の前を通過したりの日もあるようで
めずらしい年です。
この2月25日~27日に 仙台を訪問させていただきました。
仙台の主のOさんにめちゃくちゃお世話になりました。
Oさんは東日本全体の主といってもいいでしょうか。
自分で自分を自分する」Oさんのブログです。
集いの日の模様を どうしてこんなにうまくまとめれるのだろうかと
思うほどいつもきれいにまとめてみえます。
25日仙台空港への着陸が遅れました。
降雪のために除雪作業に50分かかるので
上空待機でした。
搭乗前からアナウンスで 仙台空港の状況によっては
再び中部空港に戻ることもありますとありましたが
何故か降りることができることは 確信としてありました。
着陸態勢に入りますとの機内アナウンスに 皆さんホッ。


機体が降下し海が眼下に迫り 波の柱が見えたとき
ものすごい波長が同期しました。
一瞬にして融合しました。
そして着地してからさらに第二陣が押し寄せました。
なんともいえない感慨でいっぱいになりました。
無事降り立てたことに感謝しました。
二日間にわたり仙台天命塾のかたがたにお話を
聞いていただいてほんとうにありがたく感謝しています。
久々の仙台はなつかしい方との再会 初めてのお出会いですが
何かすぐに打ち解けることが当たり前のようなとても
まじめな会員さんたちとのお出会いをいただきました。
きれいな波に満ちた「あわの里 天命舎」は天国でお話させていただいている
かのように心地よく 聞いていただいていた方々に感謝でいっぱいになりました。
お話終了後の26日午後は いつも野菜を送っていただいている仙台テンメイさんの名取農場を訪れ
「高柳亭」(こうりゅうてい)で真向法の伝授をしていただきました。(岐阜から数えて2度目です)
その後被災地の視察に出向きました。
移動の間 Oさんゆかりの方々のその日の様子をお聞きしました。
名取の「日和山」という小高い山というか元神社の地にたちました。
全滅した名取の地を一望できる場所でした。
その神社の社も流されたようでした。
夕風がまともに吹きつけるその場所に 一瞬にして流された
多くの方の無念が届いてきた気がいたしました。
この体を借りていただいてむせび泣く多くの魂に
なぜか「必ずやり遂げますから!」と無言で叫んでいました。
するといのちは静かに泣き止みました。
翌日は石巻の日和山と佐藤造船所さんを訪ねました。
家も造船所も海側に沈下し やや傾いた状況でしたが流出を免れ 佐藤さんは
天命塾の仲間のみなさんの援助でここまで住めるようになりました と
語ってみえました。奇跡的に助かった弟さんのこと これからこの地で
また造船所を復興しすこしでも以前の姿に戻って 未来への橋渡しを
することが 私たちの仕事です。と熱く語られました。
「あのはだしで歩いていたおばあちゃん 助かっただろうかと
思うと・・・・・。」 佐藤さんの言葉は当事者にしかわからない
重い言葉でした。
「しっかり生きること 亡くなった人を忘れないことで
供養じゃないんでしょうか。」そう申し上げるのがせいいっぱいでした。
人は人との縁の中で生かされてここにあります。
Oさんとの出会いも金沢のYさんの紹介がなかったら
今はありません。お互いの波のバランスが今を生み出して
また次なる創造の場を作り出していきます。
空港で思わず男Oさんをを抱きしめてしまった私。(笑)
また 名古屋で飲みましょう。
                     
さて名古屋に戻りましたら先日突然に出会った今度は女性Oさんからの
郵便物。あけますとその中に天風会の小冊子「志るべ」がありました。
1ページあけますと じゃ~~ん。 18年間毎朝起き抜けに唱えた
天風さんの「吾等の誓」の直筆がみえました。
ご紹介です。
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☆慈藹塾読書会
平成24年3月17日(土) 午前7時30分より サンコムにて
名古屋市中村区名駅南一丁目10番9号 「修身教授録」森信三著 致知出版社 ご持参ください。
☆冠之会
平成24年3月19日(月) 午後6時30分~ 参加費1500円(資料代です)
山善ビル2階 名古屋市中村区名駅南一丁目10番9号
☆本年夏の「カルパの集い」は 8月18日~19日です。