再録 奇跡の道 その123~死とは何か

「死とは何か」

死とは、すべての幻想を派生させる中心的な夢。

死は夢そのものなんですね。
生まれてから年をとり、活力を失って最後には
死んでいくもの。?

生命(いのち)だと考えるのは狂気なんでしょうか。
“再録 奇跡の道 その123~死とは何か” の続きを読む

森信三先生の言葉 24~同様に人生の深刻切実な経験も・・・

 同様に人生の深刻切実な経験も、もしこれを読書によって、教えの光に照らして見ない限り、いかに貴重な人生経験といえども、ひとりその意味がないばかりか、時には自他ともに傷つく結果となりましょう。こういうしだいですから、読書はわれわれの生活中、最も重要なるものの一つであり、ある意味では、人間生活の内面的な釣合いの上からは、読書がその半ばを占むべきだとさえ言えましょう。すなわちわれわれの人間生活は、その半ばこれを読書に費やし、他の半分は、かくして知り得たところを実践して、それを現実の上に実現していくことだとも言えましょう。

                                       〇

 いかなる場合においても、大よそわが身に降りかかる事柄は、すべてこれを天の命として謹んでお受けをするということが、われわれにとっては最善の人生態度と思うわけです。ですからこの根本の一点に心の腰がすわらない間は、人間も真に確立したとは言えないと思うわです。したがってここにわれわれの修養の根本目標があると共に、また真の人間生活は、ここからして出発すると考えているのです。

「昭和20年12月」 奥の院通信から R3 12/12

https://okunoin.fc2.net/blog-entry-783.html

昭和20年の暮れは慌ただしかった。そんな中で9日 NHKラジオが「真相はこうだ」という番組を開始し、真珠湾攻撃四周年に当たる12月8日に合わせて放送を開始した。10回シリーズで、NHK第一・第二、日曜午後8時からのゴールデンタイムで、30分の同時放送であった。もちろん、
一人でも多くの人に聞かせるためだったのである。
“「昭和20年12月」 奥の院通信から R3 12/12” の続きを読む

2544「時代の転換点」 2021.12.12  自分で自分を自分するから

https://tenmei999.blogspot.com/2021/12/2544-20211212.html

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年12月07日の記事を紹介します。

「時代の転換点」

今日は「時代の転換点」と言うことで、宇宙エネルギーの変わり目についてのお話です。

占星術で有名なマドモアゼル・愛さんが本日「私たちはどうなるか」と言う映像を公開してお話しています。

同じ内容を私も昨年の春、このブログで書いていました。

今日は両方を掲載します。
“2544「時代の転換点」 2021.12.12  自分で自分を自分するから” の続きを読む

再録 奇跡の道 その124~復活とは何か

「復活とは何か」

復活とは死を打ち負かすこと、または克服すること。

再覚醒あるいは再生ともいえますね。
また世界の意味について心を変えることとも。

復活とは生命(いのち)の肯定で、死の否定。
この世界のすべての思考が全面的に逆転します。
“再録 奇跡の道 その124~復活とは何か” の続きを読む

森信三先生の言葉 25~友情の最も深く感ぜられる・・・

 友情の最も深く感ぜられるのは、何といっても道を同じくし、師を共にする同門の友との間柄でしょう。というのも、そのときそこで語り合う問題は、決して単なる世間話ではなくて、常に人生の問題であり、道の問題であるからであります。したがってまたそうした友人と会うことは、自分の生き方の上にも、常に新たなる刺激と力とを与えられるわけであります。

                                        〇

 そもそも友人関係というものは、師弟の関係を仮に縦の関係とすれば、まさに横の関係ともいうべきであって、師から受けるのとは、またおのずから違った面を教えられるものであります。たとえば師弟の関係から絶対的なものを教わるとすれば、友人関係からは、人生の相対的方面を教えられるとも言えましょう。

                                        〇

 哲学においても、真の絶対は、相対の面を含んで初めて真の絶対であるといわれるように、この真理は、師弟朋友というような、人生におけるもっとも具体的な関係の上にも当てはまるかと思うのです。すなわち師弟の道は、それが絶対の道として、大切なことは申すまでもありませんが、しかし単なる師弟の道だけで、その上さらに友人の道が正しく履み行えないというのでは、その人の人柄の上に、まだどこか至らないところのあることを示すものと言えましょう。
 かように考えてきますと、友人関係というものは、ある意味では師弟関係以上に難しいとも言えましょう。すなわち真の友人関係には、ある意味で師弟関係の仕上げとも言うべき面があるからです。